「 Xtra Peace 」一覧

「<音楽する>とはどういうことか? …」


アルテス Vol. 1Amazonに、クリストファー・スモール『ミュージッキング』Amazonの書評が載っており、そこに「ミュージッキング理論への批判を整理」した論文として、中村 美亜「<音楽する>とはどういうことか? : 多文化社会における音楽文化の意義を考えるための予備的考察」が紹介されていた。

これは、東京藝術大学附属図書館のウェブサイトから、「電子版 音楽学部紀要」の一部としてダウンロードできる。

私としては『ミュージッキング』はかなり興味深く読んだのだが、しかし全面的に賛成できるわけではない。ミュージッキング理論を多角的に理解するためにも、参考にしたい。

参考 URL

 


クリストファー・スモール著『ミュージッキング 音楽は〈行為である〉』(水声社)書評

本書は、1998年のスモールの著作の邦訳である。

1.動機

本書は以前から気になってはいて積読状態だったのだが、キェルケゴール『キリスト教の修練』における芸術非難を受けて、この非難から芸術を(おおげさでおこがましいが)〈救う〉考え方はないか、と読み始めたのが本書である。 続きを読む


演奏時間639年の音楽、第二のコードが鳴らされる 独


2006年に X51.ORG に掲載された、ジョン・ケージに関する記事。

ジョン・ケージの〈ASLSP〉を演奏している、ドイツ東部、ハルバーシュタットのブキャルディ廃教会のオルガンが、5年かけて2つ目のコードを鳴らした、という内容。 続きを読む


音楽技術史:電子楽器の台頭と音声合成歌唱の未来

3月14日にも書いたが、

Twitter での武井一雄氏の発言が、Togetter にまとめられている。

私は VOCALOID が肯定的に捉えられる風潮が、もっともっとポピュラー音楽へと、もっともっともっと音楽全体へと、浸透してほしいと思っている(ただ、個人的には好きではないから聴かないけど)。

続きを読む


オーロラが音楽を奏でる!?

WIRED JAPANESE EDITION で、オーロラ観測に関する記事「「オーロラの音」を聞く:ライブカメラも開始」が載っていた。カナダの宇宙庁がオーロラのライブカメラ「AuroraMAX」を運営するとのこと。

たとえインターネットを介していて間接的なそれであれ、日本で、しかも関東圏でオーロラ観測を〈共有する〉ことは、なかなかできないという点で贅沢な体験だろう。 続きを読む


キェルケゴール著、井上 良雄訳『キリスト教の修練』(新教出版社) -宗教と芸術について-

『キリスト教の修練』第3部6では、「キリスト教芸術」非難が行われている。いわく、キリスト教芸術はキリスト教の讃美であり、信従ではないため、真のキリスト教ではない、というのである。

ここでこの著作が分からなくなった。というか、もともとついていけなかったのが、もっとついていけなくなった。

では、われわれが現代親しんでいるキリスト教芸術は、すべて真ではないキリスト教であり、したがってこれを通じてキリスト教の、もっと言えば、キリストの何であるかを理解することなどできない、ということであろうか。そう言って良いのだろうか。 続きを読む


音楽技術史:音楽とPAとVOCALOID

Twitter での武井一雄氏の発言が、Togetter にまとめられている。

VOCALOID というのは、かつて何度か起こった 音 楽 を 変 え た 発 明 の1つとして数えられるのではないか、そして、VOCALOID 以前に音楽はもう戻れない(だから 音 楽 を 変 え た 発 明 なのだろう)という内容。 続きを読む


ノエル「Joy Division は知ってる?」 サッカー選手「・・・」


250円棚 心がざわつく音楽ニュース」に、元オアシス・現High Flying Birds のノエル・ギャラガーが、BBC BBCのスポーツ番組「Football Focus」サッカー選手マリオ・バロテッリ(サッカー選手/マンC所属)へインタビューしたことに関する記事がアップされている。 続きを読む


松井冬子展 世界中の子と友達になれる

2012年3月10日、横浜美術館にて『松井冬子展 世界中の子と友達になれる』を鑑賞した。

当展覧会は、松井冬子の公立美術館での初めての大規模な個展である。代表作に加え、制作過程の下絵、デッサンなどが展示され、2011年までの松井冬子の集大成とも言える展覧会だった。以下に、印象に残った作品についてのメモおよび、全体的な感想を述べる。 続きを読む


東日本大震災について、2012年に思うこと 2-4.個人として

東日本大震災直後、
自分も少なからず異常な精神状態だったように思える。

南関東以西の多くの人たちと同じように、
自分もまた、
毎日安全が保証された場所で
(余震はあったし放射線の影響もあるので安全が保証されていたとは決して言い切れないがそれでも被災者の方に比べれば)、
テレビで津波の映像を見ては涙していた。 続きを読む


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