「 2022年08月 」一覧

中世の音楽哲学(1)後期古代から中世における音楽哲学: アウグスティヌスとボエティウス

本サイトではこれまで古代ギリシアの音楽哲学を紹介してきました。

ピタゴラスの宇宙の調和からアリストテレスとプラトンの音楽観まで、音楽が古代ギリシア社会においていかに重要であったかを見てきました。今回は、その旅を続け、後期古代から中世にかけての音楽哲学の発展を探ります。(参考: History of Western Philosophy of Music: Antiquity to 1800)

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古代ギリシアの音楽理論: アリストクセノスと、音楽道徳への懐疑

音楽というアートフォームは、単に耳を楽しませるもの以上の価値を持っています。歴史を通じて、音楽は哲学的探究の対象でもあり、その奥深さは古代から現代に至るまで多くの思想家たちによって探求されてきました。この記事では、Stanford Encyclopedia of Philosophy の「History of Western Philosophy of Music: Antiquity to 1800」を参考にし、古代ギリシア、特にアリストクセノスの音楽理論と、それに続く音楽と道徳教育に関する懐疑的な見解を通じて、音楽と哲学がどのように絡み合ってきたのかを見ていきます。

アリストクセノス: 感覚を通じた音楽理解

アリストテレスの弟子であるアリストクセノスは、音楽現象を数学的な用語ではなく、認知の対象としての音楽要素の分析を通じて記述すべきだと主張しました。彼の見解では、話し声と歌声の違いは、声のピッチ空間を通じた移動の仕方にあります。このような区別に基づき、アリストクセノスは音楽構造の理解を深め、音符(phthongos)の定義を提供しました。これにより、音楽を感覚を通じて体験し、理解するための新たな方法論を提示しました。

音楽理解のための認識と記憶

アリストクセノスは音楽理解において、認識と記憶の能力が重要であると考えました。彼によれば、音楽の内容を追うためには、成り行きを認識し、既に生じたことを記憶する必要があります。このアプローチは、音楽体験が単に現在の感覚に留まらず、未来への予測と過去の記憶を統合するものであることを示しています。

音楽と道徳教育に関する異なる視点

アリストクセノスの後、音楽が持つ教育的および倫理的価値についての考察は続きますが、この領域には懐疑的な声も存在しました。エピクロス派のフィロデモスは、音楽が情熱を模倣する能力に疑問を投じ、音楽の楽しみがその理解とは無関係であると主張しました。セクストゥス・エンペイリクスも、音楽の研究が楽しみに貢献するという考えを否定しました。これらの懐疑的な見解は、音楽と道徳教育の関係を再考するきっかけを提供します。


音楽、感情、および社会: プラトンとアリストテレスの視点

音楽は私たちの日常生活に深く根ざしており、その力は単に耳を楽しませることに留まりません。では、音楽が持つこの力は、どのようにして私たちの感情や社会に影響を及ぼしているのでしょうか?古代ギリシャの哲学者、プラトンとアリストテレスは、音楽が人間の感情を模倣し、その結果として社会にどのような価値をもたらすかについて、深い洞察を提供しています。本記事では、Stanford Encyclopedia of Philosophyの「History of Western Philosophy of Music: Antiquity to 1800」を参考に、二人の哲学者がどのように音楽の社会的および個人的価値を理解していたかを解説します。

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