「 2010年07月 」一覧


FUJIROCK ’10

最後に行ったのは3年前で。
それから柚木ティナがRioに改名したり、みひろが引退したり、SOUL’d OUTのDiggy-MO’がソロデビューしたり、何でこんなことを書いているのかというと、3年前のFIELD OF HEAVENでこんなことを話していたのだけれど。

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前古典派の音楽(8)ザルツブルク, ウィーン

西洋音楽史、前古典派の8回目です。今回で前古典派の音楽を取り上げるのは最後になります。次回から、古典派の音楽を取り上げる予定です。今回は、当時のオーストリア、ザルツブルクとウィーンの音楽がテーマです。

1.ザルツブルク

ザルツブルクは当時、大司教が統治していました。宮廷楽団と、大聖堂などの教会があり、同時期の宮廷楽長にはエーベルリーン Johann Ernst Eberlin、宮廷オルガニストにはエーベルリーンの弟子であったアードゥルガッサー Anton Cajetan Adlgasser がいました。

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前古典派の音楽(7)マンハイム、ドレスデン、ベルリン

西洋音楽史、前古典派の7回目です。今回は、ドイツのマンハイム、ドレスデン、ベルリンにおける前古典派音楽の動向を取り上げます。

1.マンハイム

18世紀中頃、ファルツ選帝侯カール・テオドール Karl IV. Philipp Theodor が在任中のマンハイムには、ヨーロッパ各地から音楽の名手が集められたそうです。総勢50〜60人の宮廷楽団は、当時の最も優秀なオーケストラへと成長しました。 続きを読む



前古典派の音楽(5)パリ

西洋音楽史、前古典派の5回目です。前回のエントリーまでで、イタリアにおける前古典派音楽について取り上げましたが、今回はフランスはパリについて取り上げます。

1.コンセール・スピリテュエル

1715年、当時のフランス国王であったルイ14世 Louis XIV が亡くなりました。これを契機に、フランスの絶対王政が衰退へ向かいます。さらに啓蒙思想の普及が、やがて来るべき1789年のフランス革命の準備をしつつありました。 続きを読む


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