前回の記事で、近世初期の音楽思想として、ティンクトリス Tinctoris やザルリーノ Zarlino の理論を掘り下げました。今回は、その続きとして「メロディと表現」に焦点を当て、特にフィレンツェ・カメラータ The Florentine Carameta の重要性と彼らが音楽に対して持っていた哲学的なアプローチについて詳細に説明します。主な参考先はこれまでと同様、Stanford Encyclopedia of Philosophy の「History of Western Philosophy of Music: Antiquity to 1800」の項 です。今回の記事ではでは、メロディがどのように音楽の表現力を高めるのか、そしてそれがなぜ近世の音楽思想において重要なのかを探ります。
メロディの哲学とフィレンツェ・カメラータの影響
1547年に出版されたハインリッヒ・グラレアン Heinrich Glarean (グラレアヌス Glareanus とも呼ばれます) の『ドデカコルドン』第2巻 Dodecachordon では、単一の旋律線をテキストに設定する作曲家の優れた能力に注目しました。グラレアンは、この方法がギリシャ人、ローマ人、そして初期キリスト教コミュニティによる音楽作成の方式だったと推測します。この考え方は、音楽の創造性と表現力においてモノディ(単旋律音楽)をポリフォニー(複数の独立した声部による音楽)よりも優れたものと見なしています。
グラレアヌスの主張:表現力の源泉としてのモノディ
グラレアヌスによれば、モノディは自然な特徴と即時性を持ち、これが表現力を高める要因となります。彼は、ポリフォニック音楽の作曲家は既存の旋律線を借用しているだけであり、主に知的な作業を行っていると批判します。これに対して、モノディの作曲は創造的な発明が求められると主張します。
フィレンツェ・カメラータの目指したもの
16世紀の終わりには、ジョヴァンニ・デ・バルディ Giovanni de’ Bardi を中心とするフィレンツェの知識人と音楽家の集団が、古代の音楽が持っていた表現力を復活させようとしました。彼らはフィレンツェ・カメラータと呼ばれ、音楽が感情を喚起する力を中世の間に失ったと考えていました。その解決策として、彼らはモノディへの回帰を提唱しました。これは、情熱的な言葉の韻律特性を追随し強調する旋律線の使用を意味しています。
スティーレ・ラップレゼンタティーヴォと初期オペラ
この思想は、いわゆるスティーレ・ラップレゼンタティーヴォ stile rappresentativo 、すなわち初期オペラの特徴的なボーカルスタイルの誕生につながりました。クラウディオ・モンテヴェルディClaudio Monteverdi の『オルフェオ』(L’Orfeo ,
1607)は、このスタイルの最初の傑作とされています。ジュリオ・カッチーニ Giulio Caccini とジャコポ・ペリ Jacopo Peri はカメラータの活動メンバーであり、彼らの音楽スタイルを形作った理論について議論しました。
モンテヴェルディとガリレイ:表現力への追求
モンテヴェルディはこの新しい音楽的表現の追求において最も象徴的な人物とみなされますが、カメラータの理論的な重鎮はヴィンチェンツォ・ガリレイ Vincenzo Galilei でした。ガリレイは、当時の音楽、特に対位法の実践に問題を投げかけ、古代音楽の目的は聴き手に同じ情熱を引き起こすことにあると強調しました。
表現力とメロディの関係
モノディの推進は、音楽の表現力を高めるための方法として、メロディをテキストの韻律的特徴に基づかせることに重点を置きました。これは、音楽が人間の感情を表現する方法に類似しているという、古典的なギリシャの観念への復帰を示しています。
モンテヴェルディとアルトゥージの対立
新たなモノディックスタイルの開発は、理性によって定められた作曲規則の犠牲にする価値があるかどうかについて、モンテヴェルディとジョヴァンニ・マリア・アルトゥージ Giovanni Maria Artusi との間で議論を引き起こしました。この対立は、伝統的なポリフォニックスタイルと新しい伴奏付きモノディへの好みとの間の衝突、すなわちプリマ prima とセコンダ・プラッティカ seconda prattica の対立を象徴しています。
フィレンツェ・カメラータとその後続の音楽思想家たちは、音楽が感情を喚起し、表現する手段としてのメロディの重要性を強調しました。この思想は、音楽理論だけでなく、実践においても大きな影響を及ぼし、現代に至るまで音楽の理解と評価に影響を与えています。メロディと表現力の関係性を深く理解することは、音楽の本質とその美学的価値を探求する上で欠かせない要素です。