特集 = ブーレーズ: その音楽観を知るための 15 のキーワード ( 3 )

2016 年 1 月 5 日に, 90 年の生涯を閉じたブーレーズ.

ブーレーズの生涯や作品の解説などは他の web メディアにゆずるとして,

本記事ではブーレーズの音楽観を知るために, 現代音楽に関する 15 のキーワードを挙げ, それに関するブーレーズ自身の文章や, ブーレーズへの論評を集めました. 前回まではコチラ.

最終回の今回. キーワードは, 「即興」,「シュプレヒザング」, 「新古典主義」, 「開かれた形式」, そして「セリー」です.

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即興

1975 年に出版された, Par volonté et par hasard (『意志と偶然』) においてブーレーズは, 即興に関連して次のように述べています.

「厳密に言うなら, 楽器奏者は発明をしない. さもなければ, 彼らは作曲家になってしまう. 即興という言葉をめぐって, 人はたくさんおしゃべりをしてきたが, せいぜい, 即興は発明に置き換えられないということがわかったにすぎない. 真の発明とは, 原理的にはまだ提示されていない命題, あるいは, 未だ到底解明されていない命題についての省察を意味する. そして, 創造行為についての省察に障害物がある. 楽器奏者は超人ではない. 発明の場面で彼らが果たす役割は, たいていは手作業を思い出すことだ. 彼らはそれまでに演奏したことのあるものを思い起こし, それを加工し変形させる. 結果として音響現象そのものに集中することになるが, 実際のところ存在形式は問われない. 即興, とりわけ個人同士が共鳴しあってグループで行う即興は, つねに一定の発展段階をたどる. 興奮 − 弛緩 −興奮 − 弛緩だ」

Par volonté et par hasard, 1975 (『意志と偶然』) より

即興は真の意味での作曲ではない, という意図が読み取れます. かんぐりすぎると, 即興へ消極的な評価をしているようにも読めますが, そうではないでしょう. ただ, めちゃくちゃ厳しいですね …, こう言われると, 作曲すらできなくなると思うんですけど … ( 確かに, 作曲の意味を非常に限定するなら, 多くの音楽作品は作曲されていないのかもしれません. が, 近年は人工知能による作曲もだいぶ一般化されてきています. そうなると音楽をするとはどういう価値があるのか…, 興味はつきません ).

シュプレヒゲザング

シュプレヒザングとは, sprechen = 話す + singen = 歌う からできた音楽用語. 音楽学者であるミシェル・ビジェは,「「シュプレヒゲザング」は, シェーンベルクの《グレの歌》および《月に憑かれたピエロ》の頃に出現して以来, 演奏者にも聴き手にも面倒な問題を投げかけている」としたうえで, この歌唱法についてブーレーズも一例に挙げて次のように述べています.

「ドイツが「シュプレヒゲザング」を開拓していた頃, フランスの歌曲作家は, の母音唱法の歌い方よりも朗読法に頼り, 半ば話し半ば歌う混合語法を生み出した. これは朗読だろうか音楽的変換だろうか. 「シュプレヒゲザング」は, 《月に憑かれたピエロ》では組織的だったが, とりわけベルクの《ヴォツェック》やブーレーズの《主人のない鎚》では, 1 つの技法となっている. まったく正反対の声楽様式どうしが頻繁に交代することは, 一般的になった ( ベルクの《ヴォツェック》や《ルル》, メシアンの《ミのための詩》). そのうえ, 声楽アンサンブルやオーケストラが声に干渉し, ストラヴィンスキーの《風》や《結婚》のように, 声が自律的で力強くリズミカルな演奏を助けるようになった.

「シュプレヒゲザング」は, 音楽的なものと文学的なものの共存というはてしない美学的問題を提起する. 「シュプレヒゲザング」は, もはや, ドイツ・リート ( やフランス・メロディ ) を開花させた主観性ではない. そしてクセナキスの《夜》や《サンドレ》において提示されている, 生の素材に対する作業でもない.「シュプレヒゲザング」は. 朗唱法やメタファーや演繹的身振りの隣接領域に位置付けられる」

Jean-Yves Bosseur, VocabuLarie de la Musique Contemporaine, 1966 (『現代音楽を読み解く 88 のキーワード』) より

新古典主義

20 世紀の作曲家に広くみられる様式で, おもに第一次世界大戦から第二次世界大戦の間の音楽に対して用いられる「新古典主義」. 後期ロマン主義の反動として, 形式間の明確性, 反半音階主義などが特徴です. ストラヴィンスキー『プルチネッラ』, プロコフィエフ『古典交響曲』の他, フランス六人組の諸作品が典型的だと言われています.

Jean-Yves Bosseur, VocabuLarie de la Musique Contemporaine に, 1986 年に発表された In Harmoniques でのブーレーズによる新古典主義への言及が紹介されています.

「模倣からなる法則性, まさにそれが新古典主義である. 法則でない法則であり, まがい物の序列であり, カオスの混じった規格である. 新しさに対する我々の欲望に受けをとるためにだけ必要な何かである. 私たちは 2 度と, 同じ対象や同じ流れを聴きたくないから, この対象をとらえて, そこに, いかなる体系にも組み込まれない成分や, この見分けのつく対象に少しばかり意外性を加える装飾や, 味の薄い料理用の香辛料を加える. 流れについても, 同じプロセスである. 流れがあまりに陳腐で, あまりに予測のつくものだから, それを押し破り, ねじ曲げて, 中身をばらばらにし, ばらばらの方向に進ませるのだ」

「新古典主義の法則は, 気ままに軽やかに飾られているが, ある語法の存続を保証するには十分ではない. 新古典主義や新ロマン主義, また人工的で素朴なこれらの回帰一般に関することは, 本質的には, 飾りや目隠しの問題だと思っていてよい. こうしたものの元は, 多かれ少なかれ, いかにして普遍的な言葉で表して全世界に理解してもらおうかという問いに遡る. 間違って提示され, 間違って理解された質問に, こんなふうに応えるのは, まるで仮装パーティーのようだ. 必要不可欠であると同時に気晴らしにもなる! しかし「謝肉の火曜日」が過ぎれば,「灰の水曜日」になり, 果てしない… 」

Jean-Yves Bosseur, VocabuLarie de la Musique Contemporaine, 1996 (『現代音楽を読み解く 88 のキーワード』) より

開かれた形式

音楽形式の「開かれ」の問題は, モビール ( 可動性 ), 不確定, 偶然性といった概念と関連しながら ( そしてときに混同されながら ), 音楽において興味深い関心事でありつづけています.

ブーレーズは Points de repere, 1981 (『参照点』) で次のように述べています.

「西洋の音楽は, 所与の形のなかに所与の指標を作り出そうと工夫をこらしてきた. 聴取の「観点」について, このように直接的で多かれ少なかれ意識的な「記憶」の助けを借りることで, 視覚について語るのと同じように語ることができるようになった. しかし感受性を活性な状態にしておこうとして, 指標を次第に不均整にし, 次第に指標としての役割を果たさないようなものにしてしまった」

「聴取は次第に瞬間的なものになり, 指標はその存在価値を見失っている. 作品はもはや, 「始め」から「終わり」まで山場に向かって方向付けられた構造物ではない. 境界は知覚されないように意図的に隠されたままで, 聴取には時間的な方向性がなくなっている.

このことから, 創造において「終わり」がもやは作り手によって定められるのではないという観点が持ち込まれる. 厳密に言うと,「偶然」は, 作品———ただしその決定版でない状態の———に導入される. これは大変重要だが必ずしも理解されていない問題だ. この偶然は, それに適した諸対象に働きかけるものではない. 偶然が偶然に適する対象ばかりを選んで戯れるなら, それは子どもじみた惨めな状況になるだろう. 用いられる時間や瞬間において, 偶然が決め手となる. 解決されず, 閉じずに巡るように構想された作品は, 伸縮自在の非同質的な時間や, 可動的に条件づけられた音高や, 相対的な内部構造のあらゆる概念———ここにはデュナーミクや音色も含まれる———に対応する」

Points de repere, 1981 (『参照点』)

セリー技法

セリー技法は, 12音技法に由来すると同時に, 新ウィーン楽派 ( シェーンベルク, ベルク, ヴェーベルン ) に由来します. 音列 = セリーの概念を, 音高以外にも, つまり, 音の持続や音色, 強度といった属性にも適用することで, 響きという現象の制御が一気に拡大されました.

音高のセリー化と比較することのできる持続のセリー化は, すでにベルク《抒情曲》や, ヴェーベルン《変奏曲》作品 30 で探求されていました. ブーレーズ《構造 第 1 巻》は, 持続音価を 12 の半音階のように定義して, 時間の領域にセリーの原理を厳格に拡大した例を示しました. アタックの仕方や強度についてセリーを用いているので, 総音列技法 = トータルセリーと呼ばれるようになります.

「セリーがこのように普及し始めた頃, わたしは, 1 つの作品内で, 4 つの要素 ( 音高・持続・強度・音色 ) に同一のヒエラルキーを用いようとしたが, これはまったくの不合理を招きかねなかった. これらの諸様相は, それぞれ異なる基準で編成されるべきだという点を見落としていたからだ. 音の多様な特性を根本的に統一して全体的な構造に溶け込ませるには, 組み合わせ文字の原理では不十分なのである.

このようにしてセリーの原理が一般化されると, 人々は, 音の各成分に, もはや 12 という数字には収まらない, その成分固有の形を与えるようになった. セリーは, もはや技法の 1 つではなく, 多面的機能をもった思考形式になったということだ. 今日のセリー思考は, セリーが語法を生み出すだけではなく, 作品の構造にまで拡張されていく, ということを強調しようと強く望んでいる」

「今日のセリー思考には, あらかじめ考えだされた尺度, つまりある特定の思考が組み込まれるような一般構造は存在しない. むしろ, 作曲家の思考を表明すべき場所では, その思考にとって必要な諸々の事柄を組織化するために求められる形式が, 明確な方法論によって作り出される. 古典派の調性的思考が, 重力や引力で規定される世界に立脚しているのに対し, セリー的思考は, 絶えず拡張する世界に立脚している」

Releves d’apprenti , 1966 ( 邦題『ブーレーズ音楽論: 徒弟の覚書』) より

【参考文献】

  • ピエール・ブーレーズ ( 船山 隆・笠羽 映子 訳 )『ブーレーズ音楽論―徒弟の覚書』( 晶文社, 1982 )
  • ピエール・ブーレーズ ( 笠羽映子・野平一郎 訳 )『参照点』( 書肆風の薔薇, 1989 )
  • ピエール・ブーレーズ ( 笠羽映子 訳 )『現代音楽を考える』( 青土社, 2007 )
  • ジャン=イヴ・ボスール ( 栗原詩子 訳 )『現代音楽を読み解く 88 のキーワード』 ( 音楽之友社, 2008 )
  • ピエール・ブーレーズ ( 店村新次 訳 )『意志と偶然』( 法政大学出版局, 2012 )

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