西洋音楽史、ロマン主義の3回目です。
前回はロマン主義音楽の一般的な特徴について紹介しました。
なお、本サイトの西洋音楽史全体の目次はコチラです。
さて、ロマン主義の時代には、個性的な音楽様式が対立し合いながらも併存していました。したがって、この時代の様式を統一的にまとめるのは難しい。それでも、多々ある個性的な音楽様式のなかから、或る程度の共通性を見出すこともできます。
1.様式
ロマン主義の時代は、古典派音楽から様式の多くを受け継いでいます。
(1)旋律: 音楽の様々な要素の中で、最も優位なそれとみなされていました。8小節を単位とする楽章構造が基本です。
(2)リズム: 小節線で区切られた拍子を基本とします。音組織の面では、調性に基づいています。
(3)形式: ソナタ形式、2部形式、3部形式などを、古典派音楽から受け継いでいます。また、交響曲、弦楽四重奏、ソナタなどさまざまな形態の多楽章形式も引き継いでいます。
(4)ジャンル: やはり、古典派音楽からの影響が多く見受けられます。
※小節: 楽譜において、楽譜が読みやすいように適当な長さに区切られたそれぞれの区分のこと
※拍子: 拍や拍の連なりのこと。西洋音楽では強拍に連なるいくつかの拍の集まりの繰り返しを指します。なお、等しい間隔で打たれる基本的なリズムを、拍節(はくせつ)と言い、そのひとつひとつの時間単位を拍(はく)といいます。
※調性: メロディーや和音が、中心音と関連付けられつつ構成されているとき、その音楽は調性があるといます。伝統的な西洋音楽においては、調性のある音組織を調 keyと呼びます。
このエントリーでは、ロマン主義の様式の中でも、旋律、リズム、和声について取り上げます。
2.旋律
ロマン主義は古典派から多くの影響を受けています。しかし、古典派にはないロマン主義の特徴もあります。一般に、ロマン主義の器楽作品の旋律は、抒情的で長く、歌うような性格が強い。
もともと歌曲の旋律であったものが、器楽曲の旋律素材になっているのも、少なくありません。この例としては、シューベルト Franz Peter Schubert 《さすらい人幻想曲》Wanderer Fantasy や、ブラームス Johannes Brahms のヴァイオリン協奏曲第1番などが挙げられます。
- シューベルト《さすらい人幻想曲》
- ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ第1番》
また、きわめて幅広い音域や跳躍進行を用いた旋律もロマン主義の特徴であす。この例としては、メンデルスゾーン Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy の弦楽八重奏曲変ホ長調が挙げられます。
- メンデルスゾーン 《弦楽八重奏曲変ホ長調》
19世紀後半になると、楽節の区切りや対称性が弱く、長々と紡ぎ出されるような旋律が増えてきます。
※楽節: 旋律構造上、あるまとまりをもった単位。
旋律はふつう、個性や情緒表現がもっとも伝わりやすい音楽の要素です。このため、ロマン主義の音楽家たちは皆、表情豊かで魅力的な旋律を作り出すことに腐心しました。旋律はまた、作品に統一性を与えたり、劇的さを与えたりするための有効な手段でもあります。このため多楽章作品においては、ひとつの動機からいくつもの旋律を生み出したり、ある楽章の旋律を別の楽章に再登場させたり、終楽章で先行楽章の旋律を改装したり、劇的に復活させたり...、などの試みがたびたび用いられました。
※動機: モチーフまたはモティーフ motiv。独立した楽想を持った最小単位のいくつかの音符ないし休符の特徴的な連なりのこと。楽曲を形作る最小単位。
3.リズム
ロマン主義のリズムが変化に乏しく単調に陥りやすい、ということはよく指摘されています。この例として、シューベルトの弦楽四重奏曲第15番の終楽章がしばしば挙げられます。
・シューベルト《弦楽四重奏曲第15番》
また、舞曲の特徴をもつパターン化したリズムが使用されることも多い。
さらにまた、特定のリズム形を好む作曲家もいました。
ロマン主義のリズムは、
- 分割の種類が異なるリズム・パターンを混ぜ合わる
- シンコペーションを多用する
など、時代の経過とともに手法が複雑化していきました。例として、前述のブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番が挙げられます。
- ブラームス《ヴァイオリン・ソナタ第1番》
4.和声
4−1.調性
4−1−1.調性の拡大
ロマン主義の調性は、初期においても拡大傾向がはっきりと看て取ることができます。まとめると、
- 調の選択や使用の幅が広がったこと
- 短調の比率が増えたこと
- 楽譜上でシャープ(♯)やフラット(♭)が使用される調が用いられる
- 遠い関係にある調への転調 = 遠隔転調が頻繁に起きる
が、ロマン主義の調性の特徴で。なお、遠隔転調とは、大まかに言えば、共通する音階構成音の少ない調への転調ということです(後述)。
こうした転調の手段として、
- 半音階的進行
- エンハーモニック的な転調
があります。
※エンハーモニック enharmonic: 日本語で異名同音。平均律において、音名は異なるが、実際の音が同じ音となる複数の音のこと。
このような転調の例としては、シューベルトのピアノ・ソナタ第21番変ロ長調が挙げられます。
- シューベルト – ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調
4−1−2.楽章間の調性
また、多楽章作品においては、楽章の調が遠い関係で設定されることもあります。例えば、上述のシューベルトのピアノ・ソナタ第21番では、
- 第1楽章: 変ロ長調(音階構成音は、「シ♭・ド・レ・ミ♭・ファ・ソ・ラ・シ♭」)
- 第2楽章: 嬰ハ短調(音階構成音は、「ド♯・レ♯・ミ・ファ♯・ソ♯・ラ・シ・ド♯」)
となっています。変ロ長調と嬰ハ短調の音階構成音を比べると、「ラ」しか共通していません。おおざっぱに言えばこれが遠隔転調の一例です。
4−1−3.調関係
さらにまた、調関係においては、
- 3度関係(「ド」であれば「ミ」)の調が近親調として用いられる
- 同主調(同じ主調の長調と短調)同士が頻繁に交替する
現象がみられます。
4−2.和声
和声に関しては、
- 借用和音(一時的に近親調の和音を用いること)
- 減7の和音(1オクターブ内におかれた4つの音の音程がすべて短3度となる和音)
- 変化和音(通常の三和音や七の和音に嬰変記号を加えると、その調に属さないような新たな和音ができることがあり、このようにその調に固有でない臨時に変化した音を含む和音。特に増6の和音)
4−2−1.減7の和音
このなかでも、減7の和音は、
- 遠隔転調の軸
- ドミナントの強調
- 微妙な音色表現の手段
として利用されました。
例として、シューベルトの弦楽五重奏ハ長調をが挙げられます。
- シューベルト《弦楽五重奏ハ長調》
※ドミナント: 日本語で属音もしくは属和音。主音に対する第5の音。またはこの第5の音を根音として3度音程の音を積み重ねた和音。例として、「ド」に対する「ソ」。
このような和音を多用すると、転調やそれに準じた効果がたびたび出現し、調の中心が曖昧になり、構成音の半音進行が増加します。
4−2−2.ワーグナー《トリスタンとイゾルデ》
調の中心が曖昧になった作品の極端の例として挙げられるのが、ワーグナー Richard Wagner の楽劇《トリスタンとイゾルデ》Tristan und Isoldeです。
この作品では、1幕の間、完全終止による調の確立がほとんど行われません。声部の半音階的進行に伴って和音が変化し、連続的に転調します。
※完全終止: 先ず、終止とは、音楽の段落の終わりのことです。楽節と呼ばれる4小節から8小節の長さのまとまりの終わりには、この終止が置かれます。完全終止とは、5の和音(例:ソ・シ・レ)またはその派生和音(Ⅴ7など)からIの和音(例: ド・ミ・ソ)に移行して終止し、旋律が主音(例: ド)で終わるものです。完全な終止感が得られ、古典的な楽曲の最後に用いらます。また、大きな段落の終わりに用いられあす。
このような和声は、20世紀へ向けて調性の崩壊を加速させる誘因になりました。
また、和音構造の複雑化もみられ、例えばスクリャービン Александр Николаевич Скрябин の「神秘和音」が挙げられます。
- スクリャービン 交響曲第4番《法悦の詩》
以上、今回はロマン主義の様式、特に旋律、リズム、和声について紹介しました。
次回はロマン主義のジャンル、形式について紹介します。
【参考文献】
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』