小泉文夫『音楽の根源にあるもの』を読みながら、音 楽 と は 何 か について自分なりに少しずつ考えているところです。前回、「馬子唄」や「追分」のリズムについて印象深い説明を読んだのですが、
もう1つ日本のリズムについて、面白い説明がありました。
「序破急」のリズムについてです。
「(一)「序破急」はそれぞれに独立した部分というより、一つづきの動きの変化に置ける部分として、有機的につながりがある。(二)特に破はその変化の可能性を示す部分として多くの性格を含んでいて、一概にとらえ難い。(三)急はテンポのほか内容の上で一点に集中した簡潔さを持っており、その最終部分では逆にテンポは落ちてゆっくりになる。しばしばそれは序につながる回帰性をも暗示している」
「序破急」という単語自体は、とく耳にしますが、なかなかその意味とまでなると、はっきりとは解っていませんでした。この箇所を読んで、これは音楽のリズムというよりは、何かこう、日本人として納得できる生活全体のリズムというものなのかなあ、というふうにようやく掴んだところです。
ただ、この説明はかなり言語の限界を示しているような気がします。特に(一)ですね。言語自体が、分節するという機能を有しているので、このような説明になっていますが、本当はもっと(一)〜(三)は一体となっているのでしょう。それをきっと「有機的」と表現したのでしょう。しかし「有機的」というのは余計解らなくなる気がしないでもないですが(笑)
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