小泉文夫『音楽の根源にあるもの』

著者は邦楽を始め、「わらべうた」など極めて音楽の生まれるゼロ地点に近い位置で民俗音楽を人類学的な方法で分析していた、ま、日本の邦楽研究の大家で、今読んでいるのですが(読み終わってからか書けよ、という話ですが)、非常に音楽について考えさせられる。

というのも、普段われわれが聴いているのは形式的には洋楽が量的に圧倒しているんだけれど、果たしてそれは日本人に合っているのか、という。

というのも、例えば日本の伝統的な言葉の表現形式であり、かつ、日本人に最も身体的に身近なリズムを有している俳句は5・7・5で。でも洋楽のリズム4拍子、3拍子を基本としていて。それに日本語を当てはめたり、かなり広い意味での日本のリズムを当てはめるのは、かなり無理がある、と。

ま、こう言い始めると、和洋折衷の地点から新しさが生まれる、なんていう反論も出てくるだろうけれども。それとこれとは話が別です。

あと、所謂「採譜」の問題というのも面白くて。例えば、和太鼓。これを著者が採譜している楽譜があるんだけど、その中に4分の2.5拍子(笑)というのがあって、つまり、1小節の中に4分音符が2.5個あって、こんなん洋楽からみたら不自然なんだろうけど、和太鼓を聴いて「日本っぽい」「安心感」を得る我々にとっては当たり前の日常のむしろ古くさく感じる。

とにかく、芸術音楽と呼ばれているものにしろ、流行歌と呼ばれているもにしろ、それ以前のわらべうたにしろ、リズムという地点で絶対的に異なっていてそれは・・・、決して普遍に回収されないような・・・、何を言いたいか分からなくなってきた。


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