シェーンベルクにおける音楽思想

音楽は単なる音の並びなのでしょうか。それとも、作曲家の思考や哲学を深く反映するものなのでしょうか。さらに、楽譜に記された音楽的な情報がどのようにして「理念」として演奏に実現されるのでしょうか? アーノルト・シェーンベルク(Arnold Schönberg)は、これらの問いに対して独自の答えを理論化し、その中核に〈音楽的理念〉という概念を据えました。

J. Rimas ら「Arnold Schönberg on the Musical Idea」(2024)Amazon】によれば、シェーンベルクは音楽的理念を音楽作品の核であり、その全体像を決定づけるものとして位置づけています。このブログ記事では、シェーンベルクが音楽的理念をどのように定義し、それを通じて音楽の本質をどのように探求したかを詳しく解説します。また、この理論が現代音楽や他の音楽理論とどのように関わっているのかについても掘り下げます。

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音楽的理念の歴史的背景とルーツ

音楽的理念の概念はシェーンベルクの独自の発明ではなく、その起源は18世紀後半にさかのぼります。ヨハン・ニコラウス・フォルケル(Johann Nikolaus Forkel)は、『音楽通史』の中で〈音楽的論理〉という用語を使い、音楽と言語の平行性を論じました。彼は調和 = ハーモニーを音楽的論理の表現と捉え、音楽を感情だけでなく知的な秩序として理解しようとしました。

さらに19世紀には、ハンスリック(Eduard Hanslick)が『音楽美論(On the Musically Beautiful)』において〈音で考える〉という概念を提唱しました。ハンスリックは、音楽を感情表現としてではなく、論理的思考と形式美の産物として評価しました。この思想が、シェーンベルクによる音楽的理念の理論的基盤となっています。

シェーンベルクによる音楽的理念の定義

シェーンベルクは、音楽的理念を「音楽作品全体を統一する本質」として位置づけました。彼は『和声学』の中で、音楽的理念が単なる旋律や動機を超えた存在であると主張しています。具体的には次のように述べています。

「音楽的理念は、視覚的または聴覚的に表現される素材に限定されるものではなく、それを超えた形而上的な存在である。」

ここでシェーンベルクは、楽譜に記された音符や記号が音楽的理念を完全に表現することはできず、理念そのものは楽曲の深層に存在すると考えました。この理念は、音楽の構造全体を形づくる「目に見えない枠組み」として機能します。

理念と動機(モチーフ)の違い

シェーンベルクの音楽理論における重要な点の一つは、「理念(アイデア)」と「動機(モチーフ)」を明確に区別したことです。彼は次のように述べています。

「理念とは作品全体を指すものであり、動機はその提示のための素材にすぎない。」

この区別は、音楽作品を「理念のレベル」と「素材のレベル」という二重構造で捉えるための鍵となります。理念は作品全体の構造や哲学的意図を示し、動機はその理念を表現するための具体的な手段となるのです。

音楽的理念と作曲プロセス

シェーンベルクにとって作曲は「音とリズムによる思考」であり、音楽的理念がその核心にあります。彼は作曲のプロセスを次のように説明しています。

「思考とは、もともと無関係なもの同士の関係性を発見する行為である。そして、アイデアとは、このような関係性を創造する行為にほかならない。」

このように、音楽的理念は単なる音響的な素材ではなく、音楽作品の構造全体を貫く哲学的な考え方として捉えられます。作曲者は、理念に基づいて音楽の構造を形成し、これを通じてリスナーに作品の全体像を伝えるのです。

演奏者の役割と理念の実現

シェーンベルクは、音楽的理念の解釈における演奏者の役割を独特の視点で捉えました。彼は、理念そのものが楽譜に記された時点で完成していると考え、演奏者はそれを実現する存在に過ぎないと述べています。具体的には次のように語っています。

「重要なのは音質やダイナミクスではなく、音高と時間の間の幾何学的、数学的な関係性である。」

この考え方は、楽譜を絶対的な基準とするシェーンベルクの作曲観を反映しています。演奏者は、作曲者が記した理念を忠実に再現し、その本質をリスナーに伝える責任を負うのです。

音楽的理念と他の音楽理論との関係

シェーンベルクの音楽的理念は、同時代の音楽理論とも深い関係があります。例えば、ハインリヒ・シェンカー(Heinrich Schenker)の〈原初構造〉理論は、すべての音楽作品に共通する深層構造を想定しています。一方、ボリス・アサフィエフ(Boris Asaf’ev)の〈イントネーション理論〉は、音楽の生成と進化、演奏、そして知覚の過程を説明するものです。

これらの理論と同様に、シェーンベルクの音楽的理念は、音楽を感覚的な体験だけでなく、知的な探求の対象として捉える点で共通しています。また、彼の理念は、20世紀初頭における芸術の普遍的な原則を反映しています。

美しさと知覚可能性の関係

シェーンベルクは、音楽の形式における目標を「知覚可能性」と定義し、それが達成された時に「美しさ」が自然と現れると考えました。この視点から、音楽的理念は単なる形式美ではなく、リスナーにとっての認識と解釈の枠組みを提供するものとして位置づけられます。

演奏者の役割は、理念の美しさを発見し、それを表現することにあります。理念は、音楽の構造だけでなく、その美学的な意義をも包摂するものとして、作曲と演奏の双方に影響を及ぼします。

まとめ:シェーンベルクの理論の意義

シェーンベルクの音楽的理念は、音楽作品を単なる音の連続としてではなく、深い哲学的探求の対象として捉える新しい視点を提供しました。この概念は、作曲者、演奏者、そして聴衆に対し、音楽作品をより深く理解し、解釈するための指針となります。

「Arnold Schönberg on the Musical Idea」で論じられる内容は、音楽の本質を探求する上での重要な手がかりとなるでしょう。シェーンベルクの思想は、現代の音楽理論や作曲技法にも大きな影響を与えています。この機会に彼の音楽的理念についてさらに深く学んでみてはいかがでしょうか。

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