現在、本 web サイトでは、西洋音楽史についてまとめています。
前回のエントリーでは、「音楽の起源」について簡単にまとめました。
さて今回は、音楽理論について簡単に取り上げます。私たちが音楽的行為をする際、各民族によって独自の理論が存在していると言われています。音楽の歴史、特に西洋音楽史と音楽理論が密接に関係していて、音楽理論の発展が音楽史の発展と言っても過言ではありません。
目次
西洋
音楽理論を意識的に把握し、音楽理論書として書き記そうと努力していたという点で、最も優れていたのは西洋だと言われます(だから、通俗的な「音楽史」はしばしば「西洋音楽史」と同一なのです)。西洋音楽理論を研究した始祖は、現在は一般的には古代ギリシアのピュタゴラスだと言われています。ピュタゴラスを筆頭に、西洋では以下のような理論家・音楽家が、独自の理論を展開しました。
- ピュタゴラス
- アリストクネノス
- プトレマイオス
- ボエティウス
- グィード・ダレッツォ
- グロケオ
- グラレアーヌス
- ザルリーノ
アジア
中国
もちろん西洋だけではなく、アジアにも独自の理論書が書かれていました。中国では、
- 『呂氏春秋』「季夏紀・音律」
- 『淮南子』「天文訓」
- 『前漢書』「律歴志第一上」
などが書かれていました。
インド
インドには独特な音楽理論があり、1オクターブを22律に分け、その配分の仕方で「サ・グラーマ」「マ・グラーマ」と呼ばれる2種類の音階を決めます(西洋音楽では1オクターブは12律です)。これが書かれているのが、『ナーティヤ・シャーストラ』です。
アラビア
アラビアの音楽理論は、古代ギリシアの影響を基礎にしています。主な理論としては、
- サフィー・アッ=ディーンの理論(中世)
- ムシャーカの理論(近代)
が挙げられます。
音楽理論は、理論書の中にだけあるわけではありません。文字のない無文字社会にも音楽理論は存在します。
本サイトはあくまで「西洋音楽史」なので、西洋音楽の理論の始祖であるとされるピュタゴラスが生きた時代、つまり古代ギリシアの音楽から始めることとします(なお、「西洋音楽史」と題された書籍の中には、中世の「グレゴリオ聖歌」から始まるものも多くあります。
これは、歴史は「書き記されたもの」であるという観点から、中世には「楽譜」に残っている作品が多い、ということが理由です。
なお断り書きとして。一般的にも、西洋音楽史は古代ギリシア音楽から始まるというのが習慣のようです。しかし、古代ギリシアのピュタゴラス思想は、古代メソポタミアから影響がされているという意見もあります。近年では、ピュタゴラスの独創性については評価が定まらなくなってきています。古代ギリシア音楽といっても、先行文化である古代メソポタミアや古代エジプト音楽と決して無関係ではありません。
次回は「古代ギリシア(1)「ムーシケー」について」です。
【参考文献】
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』