西洋音楽史における調性空間の変遷を解析する計算モデリング

音楽の歴史において、作曲技法やスタイルの変遷はどのようにして起こったのでしょうか?そして、その変遷を解析するために計算モデルはどのように活用できるのでしょうか?今回は、Fabian C. Moss、Robert Lieck、Martin Rohrmeierによる論文「Computational modeling of interval distributions in tonal space reveals paradigmatic stylistic changes in Western music history」(2024) を紹介し、コンピューターモデリングがどのようにして西洋音楽史の様式変化を明らかにするかを解説します。

論文の概要

この論文では、音楽理論の調性空間を形式化し、計算モデルを用いて大規模な音楽コーパスの楽曲に対するトーナル・インターバル分布を推定しています。これにより、歴史的な音楽スタイルの変化を定量的に分析することができます。特に、完全五度や三度の使用がどのように変遷してきたかを明らかにしています。

調性空間とトーナル・インターバル

調性空間とは、音楽理論における音の関係性を視覚的に表現するためのツールです。18世紀にレオンハルト・オイラーが初めて提唱し、その後19世紀にモーリッツ・ハウプトマンやフーゴ・リーマンなどの理論家によって発展しました。トーナル・インターバルは、音楽における音と音の間隔を指し、これらの関係性を調性空間上で分析することで、和声進行やモジュレーション(調の移動)を理解することができます。

研究の目的

この研究では、以下の2つの主要な質問に答えることを目指しています。

  1. 調性空間の探索に歴史的なトレンドが観察されるか?
  2. 主要なトーナル・インターバルの相対的重要性はどのように時間とともに変化するか?

これらの質問に答えるために、研究者たちはトナルディフュージョンモデル(Tonal Diffusion Model, TDM)を使用しました。TDMは、楽曲のピッチクラスの頻度を入力として、トナルセンターとトネット(Tonnetz)の主要間隔を「拡散」するプロセスを用いてトーナル・インターバル分布を推定します。

方法とデータ

研究では、トナルピッチクラスカウントコーパス(TP3C)というデータセットを使用しました。これは、75人の作曲家による約600年にわたる2,012曲を含む大規模な音楽コーパスです。このデータセットを用いて、歴史的な楽曲のトーナル・インターバル分布を詳細に解析しました。

結果と考察

トーナル・インターバル関係の複雑化

調整パラメータλの歴史的分布を分析した結果、平均経路長の増加が観察されました。これは、調性空間の探索が次第に複雑化していることを示しています。特に、14世紀後半から17世紀後半にかけて、完全五度の間隔が支配的であり、長三度と短三度の使用はほとんど見られませんでした。

完全五度の支配

14世紀後半から17世紀後半にかけて、完全五度のトーナル・インターバルが音楽において支配的であり、長三度や短三度はあまり使用されていませんでした。この時期には、音楽の主要な関係性が完全五度に基づいて構築されていたことがわかります。

19世紀の三度の急増

19世紀になると、長三度と短三度のトーナル・インターバルの使用が急増しました。これにより、ピッチクラスの分布が大きく影響され、調性空間の構造が変化しました。これは、19世紀に拡張調性が出現したことと一致しており、和声の複雑化が進んだことを示しています。

歴史的背景と意義

中世からルネサンスへの移行

中世からルネサンス期にかけての音楽は、主に完全五度に基づいて構築されていました。この時期の音楽は、教会音楽が中心であり、単純で直線的な和声進行が特徴的でした。ルネサンス期には、和声の複雑化が進み始めましたが、依然として完全五度が支配的でした。

バロック時代の発展

バロック時代には、和声進行がさらに複雑化し、調性が確立されました。この時期には、モダル音楽からトーナル音楽への移行が見られ、和声の緊張と解決が重要な要素となりました。しかし、完全五度の支配は依然として続いていました。

古典派とロマン派の革新

古典派の時代になると、調性の概念がさらに発展し、音楽の構造がより明確になりました。特に、モーツァルトやハイドン、ベートーヴェンなどの作曲家が、調性の枠組みを活用して音楽の表現力を高めました。そして、ロマン派に入ると、長三度と短三度の使用が急増し、拡張調性が現れました。この時期には、和声の複雑化が進み、音楽の表現力が一層豊かになりました。

研究の意義と今後の展望

この研究は、計算モデリングが音楽学的研究にどれだけ有益であるかを示しています。調性空間の歴史的変化をトレースすることで、音楽のスタイルの変遷が明らかになり、作曲家がどのように音を選び、組み合わせ、発展させてきたかを深く理解することができます。また、計算モデルを用いることで、従来の手動分析よりも大規模なデータセットを効率的に解析することが可能となります。

結論

この研究を通じて、トーナル・インターバルの分布が西洋音楽の歴史においてどのように変化してきたかが明らかになりました。完全五度が長期間にわたり支配的であった一方で、19世紀には長三度と短三度の使用が急増し、音楽の複雑化が進んだことが示されています。今後の研究では、さらに洗練されたモデルとリッチなデータを統合することで、調性空間とトーナル・インターバルの変遷をより深く理解することが期待されます。


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