身体はどこまで音楽を作れるか——ジェスチャー楽器「Smart Theremin」の試み

スマートフォンを傾ける。旋律が上昇する。手首を返す。音量と音色が変わる。身体を大きく動かすと、背後のリズムまでわずかに騒がしくなる。

「Smart Theremin」は、スマートフォンの姿勢センサーを演奏インターフェースとして用いるWebアプリである。iPhone SafariまたはAndroid Chromeでページを開き、STARTを押せば演奏できる。

名称にはThereminとあるが、目的はテルミンの再現ではない。目指したのは、音楽経験の有無にかかわらず、身体を動かすことで音楽的な結果を得られる楽器である。

この試作が扱うのは、単なる新奇な操作方法ではない。楽器における自由と制約、正確な拍と身体的な揺れ、そして「演奏する」とは何を選択することなのか、という問題である。

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連続する身体と、離散する音階

端末の左右方向の傾きは連続値である。わずかな角度の変化も数値として取得できる。その値を周波数へ直接対応させれば、一般的なテルミンに近い、無段階の音程変化が得られる。

しかし、無段階であることは自由であると同時に、すべての中間音を演奏者へ引き受けさせることでもある。音程の基準を持たないユーザーにとって、その自由はしばしば「どの音を出せばよいかわからない」という困難になる。

Smart Thereminは、センサーの連続値をいったん音階の構成音へ量子化する。

現在選択できるのは、Major Pentatonic、Major、Minor、Blues、Dorian、Whole Tone、Ryukyuの7種類である。左右の傾きは選択されたスケール内の音へ変換されるため、ユーザーが正確な角度を狙わなくても、旋律は一定の音楽的秩序へ収まる。

ここでは、身体の連続性と音楽体系の離散性が接続されている。

ただし、量子化された音程を瞬時に切り替えると、演奏はボタンを押す操作に近づいてしまう。そこで音高の遷移にはポルタメントを加え、身体が連続的に移動した痕跡を残した。音は音階へ制約されるが、音から音への移動には身体の滑らかさが反映される。

音階の選択は、伴奏の選択でもある

音階だけを変更し、伴奏が常にCメジャーのままなら、MinorやDorianの特徴音は既存のコードと衝突する。そこでSmart Thereminでは、Scaleを旋律用の音列ではなく、一つの音楽プリセットとして扱っている。

Scaleを切り替えると、Thereminの量子化に加えて、コード進行、Bassのルート、Pluckの構成音が同時に変わる。演奏中の変更は次の小節頭まで保留され、全パートが小節境界で一斉に新しい音組織へ移行する。

Major PentatonicとMajorではC–Am–F–G、MinorではCm–A♭–E♭–B♭、BluesではC7–F7–C7–G7を用いる。Dorianでは短三和音だけに閉じず、Fメジャーを置くことで長6度を含む旋法的な明るさを支える。

Whole Toneでは、C–D–E–F♯–G♯–A♯という全音音階と増三和音を組み合わせる。導音による解決や完全5度の安定が弱まり、和声がどこかへ着地するというより、均質な音程空間を移動しているように聞こえる。ドビュッシーの作品で全音音階がもたらす浮遊感を、傾きという連続的な身振りで試すモードである。

Ryukyuでは、西洋的な機能和声をそのまま当てはめず、開放5度とドローンに近いボイシングを用いる。Scaleの変更は、使用可能な音の一覧を替えるだけではない。旋律が置かれる和声的な環境そのものを替える操作である。

演奏者は何を演奏しているのか

Full 4 Tracksモードでは、Smart Thereminは4つのパートを生成する。

  1. Theremin:ユーザーが操作する主旋律
  2. Bass:コードに基づく低音
  3. Pluck:コードの構成音によるアルペジオ
  4. Rhythm:Kick、Snare、HiHatによる4拍子

コード進行は選択したScaleに応じた4小節ループである。ユーザーが操作する音程はスケールへ制限され、その背後では同じ音組織に属するコードと拍節が自動的に維持される。

このとき、演奏者はすべての音を決定しているわけではない。コード進行も、Bassの音高も、基本的なリズムパターンもシステムが決めている。演奏者が選ぶのは、主に旋律の方向、音量、音色、アクセントである。

それでも、身体を止めた場合と動かした場合では、聞こえる音楽の表情が異なる。

楽器とは、演奏者の意図を無制限に受け入れる装置ではない。ピアノの鍵盤配置、ギターのフレット、管楽器の運指もまた、可能な行為を制約しながら、特定の音楽的結果を得やすくする仕組みである。Smart Thereminのスケール量子化と自動伴奏は、その制約をソフトウェアとして設計したものだと言える。

LockedとFree Gesture——拍の正確さと身体的な時間

本アプリには、伴奏の時間構造が異なる2つのFlowモードがある。

Lockedでは、Bass、Pluck、Rhythmが100 BPMを初期値とする安定した拍に従う。演奏者の身振りが多少不規則でも、バックトラックは一定の足場を提供する。

Free Gestureでは、スマートフォンの姿勢と動きが伴奏へも侵入する。左右や前後の傾きは各パートの発音位置をわずかに前後させ、上下方向の変化はPluckの密度やBassの追加発音へ影響する。急な加速度はHiHatの細分化やアクセントにつながる。

重要なのは、拍節そのものを完全には破棄していない点である。

根本の16分音符グリッドと小節構造は維持し、その周囲で個々の発音が揺れる。これは、時間を無秩序にするというより、拍を参照しながら身体的な偏差を導入する設計である。

以前の記事「アゴーギクとは何か?——AI時代に抗う音楽表現を豊かにする演奏法」では、機械的に一定のリズムと、演奏者が作る微細な時間変化の関係を扱った。

Free Gestureは、その問題を説明するのではなく、実際に触れるためのモードである。

演奏者が意識的にテンポ・ルバートを作るわけではない。身体の傾きがタイミングの偏差へ変換されることで、意図と偶発性の中間にある揺れが生まれる。端末の持ち方、動かす速度、センサーの微細な変動さえ、演奏結果の一部になる。

不安定さは欠陥か

デジタル楽器を設計するとき、一般には誤差や揺れを減らす方向へ進む。センサー値を平滑化し、発音をグリッドへ揃え、同じ操作に対して同じ結果が返るようにする。Smart Thereminでも、主旋律の音程や音量には平滑化を施している。

しかし、すべてを安定させると、身体を使う必然性が薄くなる。

マウスやスライダーよりも不正確な入力装置を、なぜわざわざ楽器として使うのか。その答えの一つは、不正確さが演奏ごとの差異を作るからである。

Free Gestureモードの伴奏は、ときにわずかに走り、ときに遅れる。動きが大きければ、PluckやHiHatが予想以上に密集することもある。それは完成されたバックトラックの再生として見れば欠陥だが、身体とシステムが互いに影響し合う演奏として見れば、中心的な特徴になる。

この不安定さを完全なランダムにしないことも重要である。コード、小節、拍という枠組みが残ることで、逸脱は逸脱として知覚できる。制約があるからこそ、揺れが表現になる。

「誰でも演奏できる」は、演奏を奪うのか

音をスケールへ自動的に合わせ、伴奏もシステムが生成するなら、それは本当に演奏と呼べるのだろうか。

この疑問は、支援機能を持つデジタル楽器につねにつきまとう。失敗する可能性を減らすことは、演奏者の選択を減らすことでもある。

一方で、演奏は音符を一つずつ決定する行為だけではない。どの瞬間に動くか、どれほど大きく動くか、音を持続させるか、沈黙するか。制約された環境でも、時間と身体に関する選択は残る。

Smart Thereminが目指すのは、熟練を不要にすることではなく、熟練以前の段階にある「音を出してみたい」という欲求へ、すぐ応答することである。

まず音楽になってしまう。その後で、同じ動きを再現しようとしたり、より繊細な変化を探したりする。成功してから技術が始まる楽器、と言ってもよいかもしれない。

読む音楽理論から、触れる音楽理論へ

音階、和声、リズム、アゴーギクについて文章で理解することと、それらの違いを身体で感じることは同じではない。

MajorからDorianへ切り替えたとき、同じ傾きが異なる旋律と和声を生む。Whole Toneへ切り替えれば、増三和音と均等分割された音階によって調的な重力が薄くなる。LockedからFree Gestureへ切り替えたとき、同じ拍が異なる時間感覚になる。Theremin OnlyからFull 4 Tracksへ切り替えたとき、一音の意味が伴奏によって変わる。

Smart Thereminは完成された楽器というより、こうした差異を試すための小さな音楽実験室である。

楽器経験は必要ない。スマートフォンからアクセスし、STARTを押し、センサーへのアクセスを許可する。イヤホンを使用すると、身体の小さな動きと音の変化を捉えやすい。

まずはLockedで音階と旋律の関係を試し、その後Free Gestureで伴奏の時間を揺らしてみてほしい。

身体はどこまで音楽を作るのか。そして、どこからシステムが音楽を作っているのか。その境界は、演奏しているうちに少しずつ曖昧になる。

Smart Thereminを演奏する

推奨環境

  • iPhone Safari
  • Android Chrome
  • HTTPS接続
  • イヤホン推奨

START時に、端末の「動作と方向」へのアクセスを許可する必要がある。

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