本当に最近の音楽は「単調」で「退屈」なのか?: 西洋音楽の進化をネットワーク科学で定量評価する

皆さんは、最近のヒット曲を聴いたとき「どこかで聴いたことがあるような気がする」と感じたことはありませんでしょうか。SpotifyやYouTubeのアルゴリズムが次々と「おすすめ」を提示する時代、音楽の構造そのものに何らかの変化が起きているのではないかと考えたことはないでしょうか。

Decoding the evolution of melodic and harmonic structure of Western music through the lens of network science」(ネットワーク科学の視点から西洋音楽のメロディ・ハーモニー構造の進化を解読する)によれば、その直感は科学的データによって裏付けられつつあります。2026年に『Scientific Reports』(サイエンティフィック・リポーツ)誌に掲載されたこの論文は、約2万曲のMIDI(Musical Instrument Digital Interface:楽器デジタルインターフェース)データを分析し、西洋音楽における構造的複雑性が長期にわたって変化してきたことを明らかにしました。イタリアのトゥシア大学やローマ・サピエンツァ大学の研究者チームによるこの大規模研究は、音楽学・データサイエンス・社会学の知見を融合させた意欲的な試みです。


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背景――なぜ音楽の「複雑さ」を科学的に測ろうとしたのか

音楽とテクノロジーの相互作用

音楽は常に、その時代の文化や技術と相互に影響し合いながら進化してきました。かつて音楽はライブパフォーマンスを中心とした共同体的な体験でしたが、レコードやカセットテープの普及は「音楽の民主化」を促し、より多くの人々が音楽制作に参加できる環境を生み出しました。そして現在、SpotifyやYouTubeといったストリーミングプラットフォームは「デジタル時代の新しいラジオ」として機能し、アルゴリズム(algorithm)が個人の好みに合わせた音楽を提示することで、リスナーの聴取習慣を大きく変容させています。

こうした急速な変化の中で、研究者や音楽家たちは「音楽の複雑さが失われつつあるのではないか」という懸念を持ち始めていました。過去の研究では、歌詞がよりシンプルかつ反復的になっていることや、SNS上のコメントが単純化していることが報告されています。しかし音楽の構造的複雑性を客観的・定量的に測る標準的な方法論は、これまで確立されていませんでした。

ネットワーク科学というアプローチ

この問題に切り込むため、Di Marcoらの研究チームはネットワーク科学の手法を採用しました。音楽の複雑さを測定する試みはこれまでにも存在しましたが、多くは比較的新しいレパートリーや限られたデータセットに依存しており、より長期的・広範な歴史的視点が欠けていました。同研究チームは、4世紀近くにわたる約2万曲の楽曲を対象に、音符のつながりをネットワークとして可視化・数値化することで、ジャンルをまたいだ客観的な比較を可能にしました。


研究手法――MIDIをネットワークに変換する

データセットの構築

分析に用いたのは、公開データセット「MetaMIDI Dataset(MMD)」から抽出した約2万1,480曲のMIDIファイルです。このデータセットは、ロック(Rock)、ポップ(Pop)、エレクトロニック(Electronic)、クラシック(Classical)、ジャズ(Jazz)、ヒップホップ(Hip Hop)の6つのマクロ・ジャンルにカテゴリ分けされており、楽曲の時代は17世紀から2020年代初頭にまで及んでいます。

MIDIはオーディオ(音声そのもの)ではなく、音符のピッチ(音高)・デュレーション(音の長さ)・タイミングといった「音楽イベント」をデジタルで記録した形式です。そのため、音楽を純粋に構造的なデータとして扱うことができます。Spotify(スポティファイ)のAPIを活用してメタデータ(楽曲情報)を紐付け、最終的に2万1,480曲という大規模なデータセットを構築しました。リリース年代の特定にはLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)であるGemini(ジェミニ)を活用する独創的なアプローチも採用されています。

音楽をネットワークとして表現する

この研究の核心は、各楽曲を「重み付き有向ネットワーク(weighted directed network)」として表現する点にあります。具体的には、各音符をノード(node:節点)とし、ある音符から次の音符への遷移(transition)をエッジ(edge:辺)として表します。エッジの重み(weight)は、ある音符の組み合わせが何回出現したかを示します。

例えば、AからCへの音符遷移が100回あれば、その辺の重みは100となります。同じ遷移が繰り返されるほど、特定のエッジに重みが集中します。一方、多様な音符遷移があれば、ネットワーク全体に重みが分散します。この違いが「複雑さ」を数値として捉える鍵となっています。

分析にはいくつかの指標が用いられましたが、特に重要なのが「加重効率(weighted efficiency)」です。これはネットワーク内のノード間の最短経路に基づく指標で、値が高いほど音符遷移の多様性が高く、メロディやハーモニーに豊富な変化があることを示します。逆に、低い値は特定のパターンの繰り返しが多く、単調な構造を意味します。


主要な結果――ジャンルと時代が示すパターン

ジャンル別の「複雑さ」の違い

分析の結果、クラシックとジャズは他のジャンルに比べて加重効率の値が著しく高く、メロディ・ハーモニー遷移の多様性に富むことが確認されました。一方、ロック、ポップ、ヒップホップ、エレクトロニックは相対的に低い複雑性を示しました。

加重相互性(weighted reciprocity)という指標でも明確な差異が見られました。ロック・ポップ・ヒップホップ・エレクトロニックでは、AからBへ進んだ後にBからAへ戻るような双方向の音符遷移が頻繁に起こる傾向があります。一方、クラシックとジャズではこのような反復パターンが少なく、場合によっては「反相互性(anti-reciprocity)」すら示しました。これは、クラシックやジャズの楽曲が一方向的に展開するより複雑なハーモニー進行を持つことと一致しています。

平均ノードエントロピー(mean node entropy)の分析では、クラシックとジャズにおいて各音符から次の音符へのの遷移がほぼ均等に分散していることが示されました。これは、どの音符への遷移も一定の確率で起こるような、豊かな音符の「つながり方」を意味します。

音楽区間(インターバル)の分析

研究チームはさらに、UMAP(Uniform Manifold Approximation and Projection:一様多様体近似と射影)という次元削減アルゴリズムを用いて、各楽曲の「音楽的インターバル(interval:音程)」の使用パターンを2次元空間に可視化しました。西洋音楽理論では12種類の基本インターバルが存在します(完全ユニゾンから長7度まで)。

この分析でも、クラシックと他ジャンルとのクラスターの分離が明確に見られました。クラシックとジャズは「不安定なインターバル(長短2度、長短7度、トライトーンなど)」を多用する傾向があり、これは音楽に緊張感とその解決(resolution)をもたらすものです。一方、ポップやロックは「安定したインターバル(完全5度、長短3度など)」への依存が相対的に高い傾向がありました。

時代を超えた「複雑さの低下」

最も注目すべき発見は、時系列分析の結果です。研究では、楽曲のリリース年代と複雑性指標の変化を追いました。

クラシック音楽は17〜19世紀を通じて高い加重効率を維持していましたが、20世紀以降は徐々に低下傾向を示しています。ジャズは誕生当初(20世紀初頭)から中期にかけて複雑性が高まりましたが、その後は低下し、現代では安定しています。そして2000年代以降、クラシックやジャズが示す複雑性の値は、ロック・ポップ・エレクトロニックといった他のジャンルと比較してもほぼ同等の水準に収束しています。

つまり、かつては際立って複雑だったクラシックとジャズが、現代においては他ジャンルと似たような構造的特性を持つようになってきているのです。


考察――この変化が意味するもの

均質化と簡素化の背景

研究チームはこの傾向について、いくつかの仮説的な要因を提示しています。まず、SpotifyやYouTubeなどの高度に相互接続されたデジタル環境では、コンテンツが「簡素化プロセス」にさらされやすいことが過去の研究でも示されています。アルゴリズムによるキュレーション(選別)が、特定の音楽パターンに親しみやすさや「予測可能性」を与え、より広いオーディエンスに訴えかけるような楽曲が拡散されやすくなる可能性があります。

また、音楽制作の民主化(democratization)も重要な要因です。デジタルオーディオワークステーション(DAW: Digital Audio Workstation)の普及により、専門的な訓練を受けていない人々も音楽制作に参加できるようになりました。このことが音楽語法の多様化を促す一方で、より直感的・反復的なパターンの使用を増やす傾向があるかもしれません。

さらに、新しいジャンル(ヒップホップ、エレクトロニック音楽など)の台頭により、データセット全体の構成が変化し、それが全体的な傾向に反映されている面もあります。

分析の限界とその意義

研究チームは、この研究が持つ重要な限界点についても丁寧に論じています。MIDIファイルは12音平均律(twelve-tone equal temperament)に基づくため、微分音(microtonal)を多用する音楽や、ティンバー(音色)・サウンドデザインを主たる表現手段とするジャンルの複雑さを十分に捉えられません。ヒップホップにおけるビートの複雑なリズム構造や、エレクトロニック音楽の音響的実験性は、本研究の分析枠組みの外に置かれています。

また、ジャンル分類の粗さや、Spotifyメタデータの不完全さ(リマスター盤とオリジナル盤の混同など)も潜在的なバイアスの原因となり得ます。研究チームはGeminiを使ったリリース年代の推定など、さまざまな工夫でこれらの問題に対処していますが、結果の解釈は慎重に行う必要があります。

それでもなお、複数の異なる複雑性指標(加重効率、ネットワークエントロピー、実効抵抗(Effective Resistance)など)で一貫した結果が得られたことは、この研究の頑健性を示しています。

今後の展望

研究チームは、将来的な研究の方向性として、シンボリックな表現(MIDI)と音響ベースの特徴量、歌詞分析、演奏に関連する記述子を組み合わせた多次元的なアプローチを提唱しています。音楽の「複雑さ」が特定の次元で低下しているとしても、それが他の次元(音色・プロダクション・文化的文脈など)における新たな表現形式へのシフトを意味する可能性を排除できないからです。


まとめ

ネットワーク科学という斬新な視点を通じ、この研究は西洋音楽の構造的進化について重要な洞察を提供しています。約2万曲・4世紀分のMIDIデータを分析した結果、以下のことが明らかになりました。

第一に、クラシックとジャズは他のジャンルに比べてメロディ・ハーモニーの複雑性が高く、音符遷移の多様性に富んでいます。第二に、経時的な分析では、クラシックやジャズといった伝統的に複雑なジャンルも含め、現代の楽曲は音楽的構造において均質化・簡素化の傾向を示しています。第三に、この変化はデジタルプラットフォームの台頭や音楽制作の民主化と時期を同じくしており、文化的・技術的変化との関連性が示唆されます。

「音楽はシンプルになっている」という直感は、少なくともMIDIで表現可能なメロディ・ハーモニーの構造という観点からは、データによって支持されつつあります。ただし、音楽の豊かさはこの観点だけでは測れません。本研究が明らかにしたのは、音楽の一側面についての長期トレンドであり、音楽文化全体の評価には、より多面的な分析が必要です。

音楽はこれからも変容し続けるでしょう。しかし、その変化を科学的に可視化し、文化的背景と対話させるこうした研究は、私たちが音楽と人間文化の関係をより深く理解するための重要な一歩となっています。音楽の「複雑さ」の変化が、果たしてどのような意味を持つのか――それは音楽家・研究者・リスナー、それぞれが問い続けるべき問いではないでしょうか。

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