西洋音楽史、20世紀後半の5回目です。前回はコチラ.
さて、今回は第2次世界大戦後、半ば神格化されたケージ John Milton Cage Jr. を取り上げます。ケージはサティ Erik Alfred Leslie Satie と同様に、きわめて大きな影響力を持つ作曲家でした。
目次
1940年代までのケージ
ケージは1930年代から40年代の終わり頃まで、主に打楽器アンサンブルとプリペアド・ピアノのための音楽を作曲していました。
これらの作品を通じ彼は、ひとつひとつの音がもつ独特な性格に興味をもつようになりました。またこの時期の作品は、特に第2次世界大戦後に流行した打楽器音楽の先駆でもあります。
ケージ音楽の背景
やがてケージは、音楽が必ずしも作曲家の意図通りに聴かれるわけではないことに気付きます。そして音楽の内容ではなく、音響そのものに面白さを感じるようになりました。
彼の音楽の背景として、禅やインド哲学を通じて東洋思想に接近したり、中世の神秘主義者の著作を読んだことがあるというのは、有名な話です。これと同じ頃にケージは、大学の無響室で、意志とはかかわりなく自分の音が絶えず発しているノイズを聴きます。こうした体験を重ねるうちに、与えられた枠組みの中で、音が自由に鳴り響いている音楽を夢見るようになりました
こうしたケージの思索が作品へと結実するのは、1950年代以降です。
チャンス・オペレーション、ハプニング
1950年代以降、ケージは思索の成果を作品へと昇華させます。
チャンス・オペレーション
1951年には、チャンス・オペレーション Chance Operationsという作曲法を発明しました。これは、予め選ばれた音の要素を易の方法によって配列したり、紙の上のゴミやキズ、あるいは既成の図形を五線譜と組み合わせ、音符に見立てるという作曲法です。この作品で、最初の「偶然性」による作品(=偶然性の音楽 aleatoric music)、ピアノのための《易の音楽》I Ching を書き上げました。
《4分33秒》
1952年、《4分33秒》が発表されました。この作品は、ピアニストがステージに登場し、何の音も出さずにピアノの鍵盤の蓋を開け閉めする。そして退場する。という作品です。この作品は、無音を意図するものではなく、ピアニストが何の音も発しない間の、人々が聴いたざわめきやノイズが音楽である、という作品です。もちろんこの作品は、大変物議を醸し出しました。
ハプニング
ハプニング Happening は、一定の時空間の中で演じられる、演劇に近い芸術形態です。この語が最初に用いられたのは、A. カプロー Allan Kaprow の展覧会『6つの部分からなる18のハプニング』(1959)だと言われています。
しかしハプニングの原型は、《4分33秒》と同じく物議を醸した、ケージによるブラック・マウンテン・カレッジ Black Mountain College における試み(1952)です。この試みでは、ダンサーのカニングハム Mercier Philip Cunningham や、ピアニストのテュードア David Tudor、画家のラウシェンバーグ Robert Milton Ernest Rauschenberg、詩人のオルスン Charles Olson といった実験芸術家たちが集まり、各自が関連のない行為を45分間続けました。これが原型となり、60年代のハプニング/パフォーマンスへつながっていきます。
偶然性・不確定性の音楽
このようにケージは、常に先駆者でした。図形楽譜を用い、ライブ・エレクトロニック・ミュージックを作曲し、動作をともなった視聴覚作品を手がけたのも、かなり早い時期からでした。
また、身の回りの音に耳をひらいていく試みは、のちにシェーファー Raymond Murray Schafer が提唱した環境音楽 soundscape へとつながっていきます。環境音楽とは、人間を取り巻く音の状況を、絶えず動いている巨大な音楽作品として捉えたものです。教会の鐘といった特定の生活圏に共通している音から、電車の発車ベルといった身近な生活音まで、シェーファーらは1970年代から調査・デザインにより美的な質を高める試みを進めました。
こうした先駆者としての役割以上に、ケージの成し遂げた最大の業績は、伝統的な音楽コミュニケーション形態を変革した点にあると言われています。
作曲家が楽譜によって自分の作品を演奏家に伝える。演奏家がそれを音にして聴衆に伝える。こうした19世紀には当たり前だった音楽の在り方を、ケージは変革した、と言われているのです。
偶然性・不確定性の音楽では、或る音楽作品に携わる全ての人が1つの作品像を共有することはありません。自らの思うところに従い、音を発したり聴いたりするという、人間の絶対的な自由が、偶然性・不確定性の音楽に求められています。
なお、音が生じる以前に予め論理を持たない、不確定性の音楽を、ケージは2種類に分けました。チャンス・オペレーションを利用した「作曲による不確定性」と、図形楽譜といった手段で演奏者に幅広く選択の余地を残した「演奏に関する不確定性」です。「演奏による不確定性」を主張したのは1958年以降です。
次回はフルクサスについて取り上げます.
参考文献
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』