ロックダウン中、なぜ人はダンサブルな音楽に引き寄せられたのか: ビート系音楽が「社会的つながり」の代替となるメカニズム

コロナ禍のロックダウン期間中、あなたはどんな音楽を聴いていましたか?しみじみとした抒情的なバラードでしょうか、それとも思わず体が動いてしまうようなビートの効いたダンスミュージックだったでしょうか。実は、この「どんな音楽を選ぶか」という行動の裏に、私たちの社会的欲求と脳の報酬系が深く関わっていることが、最新の研究によって明らかになりました。

学術誌「ミュージック&サイエンス(Music & Science)」に掲載された論文「The Vibe of Musical and Social Reward: Listening to Beat-Based Music as a Surrogate for Socioemotional Support During the COVID-19 Pandemic across Europe(音楽的・社会的報酬の感覚:COVID-19パンデミック期のヨーロッパにおける、ビート系音楽聴取による社会情動的サポートの代替)」(Ptasczynski et al., 2026)によれば、ロックダウンによって社会的なつながりが失われた人々は、ビートの強いダンサブルな音楽を無意識のうちにより多く聴くようになっていたといいます。

なぜリズムが人の孤独を和らげるのか。なぜビート系音楽だけが、その役割を担えたのか。今回の記事では、この研究が明らかにした驚くべきメカニズムを詳しく解説します。


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背景:音楽はなぜ「社会的代替物」になりうるのか

音楽と社会的欲求の神経生物学的つながり

人間にとって、社会的なつながりは生存に関わる根本的な欲求です。心理学者のジョン・ボウルビィ(John Bowlby)が提唱した愛着理論(Attachment Theory)以来、愛着・所属感・感情的サポートといった「社会情動的ニーズ(socioemotional needs)」は、心身の健康に不可欠なものとして広く認識されています。

興味深いことに、音楽聴取はこれらの社会的欲求と似た生理的反応を引き起こすことが知られています。具体的には、ドーパミンが媒介する快楽の誘発、オキシトシンに関連する社会的つながりの感覚、そしてコルチゾールの低下による感情的ストレスの緩和です。つまり音楽は、対人交流が持つ一部の生化学的効果を「模倣」できる可能性を持っています。

コロナ禍のロックダウン以前から、音楽が孤独感を和らげ、社会的な記憶を呼び起こし、共感や仲間意識を育てることを示す研究は複数存在していました。しかし、それが「どのような音楽の特徴が」「どのような社会的欲求を」代替するのかについては、ほとんど研究されていませんでした。そこでPtasczynski(プタシンスキー)らの研究チームは、COVID-19パンデミックという前例のない自然実験を活用し、この問いに挑みました。

コロナ禍と音楽聴取の変化

2020年の最初のロックダウン期間中、音楽は重要な心理的支えとなりました。Finkら(2021)の大規模クロスカルチャー調査では、ロックダウン前と比較して重要度が増した活動のランキングで、音楽聴取は6番目に入りました(電話・ニュース・映画・掃除・料理に次いで)。ネガティブな感情を経験した人々は、孤独な感情調節のために音楽を使い、ポジティブな感情を経験した人々は音楽を「社会的交流の代替」として使ったと報告されています。

しかしながら、「どのような音楽が」「なぜ」社会情動的な恩恵をもたらすのかという、音楽の「音響的特徴」に踏み込んだ研究は依然として不足していました。本研究はまさにこのギャップを埋めることを目指しました。


研究手法:Spotifyデータ×心理調査×政府規制指標の三角測量

使用した三つのデータセット

この研究の最大の特徴は、大規模かつ多角的なデータを統合した手法にあります。研究チームは以下の三つのオープンデータセットを、日別・国別レベルで統合しました。

まずSpotifyトップ200ストリーミングデータです。Spotifyは世界最大の音楽ストリーミングサービス(利用可能国178カ国)であり、各楽曲にさまざまな音響特徴を数値化した「オーディオ特徴量(audio features)」を提供しています。研究チームが注目したのは「ダンサビリティ(danceability)」という指標で、テンポ・リズムの安定性・ビートの強さ・全体的な規則性を組み合わせて0から1の値で表されます。具体的には、各国・各日付について、トップ200曲のダンサビリティをストリーム数で重み付けした平均値を算出しました。

次にCOVIDiSTRESS グローバル調査データベースです。これは2020年3月26日〜5月30日にかけて125,306人から収集された国際的な心理・社会調査で、研究に含まれた11カ国のデータは615〜22,933件の回答から成ります(平均年齢40.3歳、女性72%)。社会情動的サポートの指標として、「社会的支援尺度短縮版(SPS-10: Social Provisions Scale)」のスコアを使用しました。SPS-10は60点満点で、①社会的統合(social integration)、②価値の保証(reassurance of worth)、③愛着(attachment)、④信頼できる同盟感(sense of reliable alliance)、⑤指導(guidance)の5つの下位尺度で構成されています。

三つ目はCOVID-19データハブ(COVID-19 Data Hub)の厳格さ指数(Stringency Index)です。これは各国政府が実施した感染症対策(外出制限・集会禁止・職場閉鎖・公衆衛生キャンペーンなど)の厳しさを0〜100で数値化したものです。

分析対象国と期間

対象国は、欧州11カ国(ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ポルトガル、スペイン、スイス、イギリス)です。地理的に均質な地域に限定したのは、日照時間や気温といった季節的な交絡因子を制御するためです。また、西洋文化圏に限定したのは、音楽聴取行動や報酬処理メカニズムに関する既存研究の大半がWEIRD(白人・高学歴・工業化・富裕・民主主義的)集団を対象としていることによります。

分析期間は2020年3月30日〜5月30日(ロックダウン期間)と、その一年前の同期間(2019年3月30日〜5月30日、コロナ前)を比較する形で設定されました。

統計手法

まず線形混合効果モデル(LMM: Linear Mixed-Effects Model)を用いて、ロックダウン期間中のダンサビリティがコロナ前と比較して増加したかを検証しました(仮説H1)。国をランダム切片、気温を固定効果として含め、季節的変動を統制しました。

次に、政府の規制→社会情動的サポートの低下→ダンサブルな音楽聴取の増加という因果連鎖を検証するために、準ベイズ的マルチレベル媒介分析(quasi-Bayesian multilevel mediation analysis)を実施しました(仮説H2)。これは1,000回のモンテカルロシミュレーションを用いた手法で、階層的データ構造を考慮した媒介効果の推定が可能です。


主要な結果:ロックダウン中にダンサブルな音楽が増えた

H1の検証:ビート系音楽聴取の増加

分析の結果、ロックダウン期間中のダンサビリティ平均値は前年同期と比較して有意に増加していました(β = 0.17、95%CI = [0.12–0.21]、t(1351.09) = 7.73、p < .001)。また、気温もダンサビリティと正の相関を示しており(β = 0.09、p < .001)、季節的な要因も一定の影響を持つことが示されました。

一方で、国別のばらつきが最も大きな変動要因であることも明らかになりました(級内相関係数ICC = .84)。これはヨーロッパ各国の間で、ベースラインのダンサビリティに大きな差があることを示しており、たとえばポルトガルやスペインなどのラテン系文化圏と北欧諸国では、もともと好まれる音楽のビート特性が異なることが影響していると考えられます。

H2の検証:厳格なロックダウン→社会情動的サポートの低下→ダンサビリティの増加

媒介分析では、以下の因果連鎖が示されました。

厳格さ指数の高さは、SPS-10合計スコアの低下を有意に予測し(β = −0.15、p = .012)、社会情動的サポートの低下はダンサビリティの増加と有意に関連していました(β = −0.03、p = .027)。この間接効果は統計的に有意で(β = 0.004、準ベイズCI = [0.00–0.01]、p = .038)、社会情動的サポートがロックダウン厳格度とダンサビリティの間を媒介することが示されました。

SPS-10の下位尺度別の分析では、特に愛着(attachment)価値の保証(reassurance of worth)が顕著な媒介効果を持っていたことが判明しました。愛着は厳格さ指数によって最も強く予測され(β = −0.23、p < .001)、ダンサビリティとも有意に関連していました。価値の保証はダンサビリティを最もよく予測しました(β = −0.03、p = .009)。

一方、社会的統合(social integration)指導(guidance)については有意な媒介効果は認められませんでした。

統制分析:ダンサビリティ特有の効果

この効果がビート系音楽に固有のものかを確認するため、研究チームはSpotifyの他のオーディオ特徴量(感情的ポジティブさを表す「バレンス(valence)」と、エネルギー・覚醒度を表す「エナジー(energy)」)についても同様の分析を実施しました。

その結果、バレンスもエナジーも、厳格さ指数と社会情動的サポートの間に有意な媒介効果を示しませんでした。また、孤独感(SLON-3)や知覚ストレス(PSS-10)も媒介変数として機能しませんでした。これらの統制分析により、ビート系音楽の社会情動的代替機能が、単なる「気分の良い音楽を聴く」行動や、全般的なメンタルヘルスの低下に起因するものではないことが確認されました。


考察:なぜビートが人を「つながり」へと導くのか

ビート・報酬・社会的絆の神経科学的基盤

この研究の最も重要な貢献の一つは、ビート系音楽が特定の神経生物学的経路を介して社会的報酬の代替として機能するという仮説に、行動データからの支持を与えた点です。

リズムの規則的なビートを持つ音楽は、報酬に関連した脳回路(ドーパミン系)を活性化させると同時に、運動システムや予測的タイミングネットワークとも深く関わっています。これらの神経系は、社会的絆や対人協調に関わるメカニズムと大きく重複しています。具体的には、グルーヴ(groove)と呼ばれるビートに乗って動きたくなる感覚は、感覚運動連合(sensory-motor coupling)・エントレインメント(entrainment)・行動予測といった過程を引き起こし、これらはまさに共同行為(joint action)や社会的同期(social synchrony)の中核をなす機能です。

Keller(ケラー)ら(2014)の研究は、共同リズム行動における感覚運動カップリングと同期が、一体感や信頼感の増大をもたらすことを示しています。本研究が示した「孤独なリスニング時」のビート効果は、これをやや減衰した形で、しかし類似した神経経路を通じて体験している可能性があります。ビート系音楽を聴くことで、実際の対人協調が不在であっても、社会的協調の身体的シミュレーションが引き起こされ、一体感や社会的つながりの主観的感覚が育まれると考えられます。

なぜ「愛着」と「価値の保証」だったのか

ロックダウン中のソーシャルディスタンシングは、孤独感をもたらしただけでなく、「感情的安全の基盤」と「日常的な社会的承認」という、より具体的な社会情動的欲求を特異的に損なわせた可能性があります。

「愛着」は、親密な関係における感情的安全感のことです。「価値の保証」は、他者から自分の能力や特性を認められるという感覚で、ディナーパーティー・バンドリハーサル・ダンス練習・遠足などの「普通の集まり」の中で日常的に供給される、即時的な社会的承認の喜びと深く関わっています。ロックダウンにより、こうした当たり前の日常的な「社会的報酬の瞬間」が奪われたとき、人々はビートの効いた音楽を通じて、それを補おうとしたのかもしれません。

対照的に「孤独感」が媒介効果を示さなかった事実は重要です。デジタルコミュニケーション(ビデオ通話・SNSなど)が孤独感そのものをある程度緩和する一方で、身体的な共在や即興的・自発的なふれあいを通じた愛着と価値の保証は、デジタルでは補いにくく、音楽がその代替を果たしたと解釈できます。これはパンデミック関連のソーシャルディスタンシングが、孤独と機能的社会情動的サポートの一時的な解離を生み出したことを示唆しています。

ビート系音楽が「ビートだから」有効だった理由

感情的にポジティブな音楽や高エネルギーな音楽がストレス低減や気分向上に効果的であることは既存研究で示されていますが、本研究の統制分析はそれらが社会情動的サポートの代替としては機能しなかったことを明確に示しました。これは、音楽聴取行動が気分や覚醒水準だけでなく、音楽の構造的・リズム的特徴に応じて異なる心理的欲求を標的として変化しうることを示唆する、理論的に重要な知見です。


今後の展望と研究の限界

実践的意義:音楽推薦システムへの応用

この研究の知見は、パブリックヘルス・音楽療法・デジタル音楽プラットフォームに対して重要な示唆を与えます。社会的孤立の状況(パンデミック・長期入院・高齢者の孤立など)において、社会情動的欲求の充足を意識した音楽推薦が有効である可能性があります。SpotifyのようなAIベースの推薦エンジンが「今どんな社会情動的ニーズを抱えているか」に応じて、適切なビート特性の音楽を提示することが、将来的には可能になるかもしれません。

音楽は単なる「気分調整ツール」ではなく、社会的接続が制約されたときの「社会情動的ウェルビーイングの資源」として捉え直す必要があるという研究者たちのメッセージは、音楽療法や予防的精神保健の分野において、今後より大きな意義を持つでしょう。

研究の限界と今後の課題

この研究にはいくつかの重要な限界もあります。

第一に、SpotifyチャートはSpotifyを使用する人口全体の聴取行動を反映しており、個人レベルのデータは含まれていません。そのため、「社会情動的欲求が不満な個人が、よりダンサブルな音楽を選ぶ」という因果推論を個人レベルで行うことはできません。

第二に、ダンサビリティはSpotifyが算出した複合指標であり、シンコペーションや拍子など、リズムの詳細な要素を切り離して分析することは困難です。より精密なリズム特徴の計算論的分析が今後必要です。

第三に、本研究は西洋・ヨーロッパのサンプルに限定されています。音楽知覚・リズム嗜好・社会規範の文化差を考慮すると、非西洋的な文脈への一般化には慎重さが求められます。

第四に、観察研究であるため、未充足の社会情動的ニーズがビート系音楽聴取を因果的に増加させるという結論は、個人レベルの実験的・縦断的デザインによるさらなる検証が必要です。


まとめ

Ptasczynskiらによるこの研究は、コロナ禍のロックダウンという前例のない自然実験を通じて、「なぜ人はリズムの効いた音楽に引き寄せられるのか」という問いに、行動データレベルの答えを与えるものです。

Spotifyの大規模ストリーミングデータ、欧州11カ国にわたる心理調査、そして政府の政策指標という三つのデータを統合した結果、厳格なロックダウンは社会情動的サポート——とりわけ「愛着」と「価値の保証」——を低下させ、その欠如がビート系音楽の聴取増加を媒介していたことが明らかになりました。

この知見が示すのは、音楽選択が単なる気分の反映ではなく、私たちの脳と身体が持つ、社会的報酬の代替を求める無意識の適応行動であるという可能性です。リズムは、共に踊り、動き、時を刻む他者の不在を埋める力を持つのかもしれません。

パンデミックという極限状況が浮かび上がらせたこの音楽と社会性のつながりを、今後の音楽療法・精神保健・音楽推薦技術の発展に活かしていくことが求められます。


参考文献:
Ptasczynski, L. E., Blättermann, P., Greb, F., Sterzer, P., & Steffens, J. (2026). The Vibe of Musical and Social Reward: Listening to Beat-Based Music as a Surrogate for Socioemotional Support During the COVID-19 Pandemic across Europe. Music & Science, 9, 1–13. https://doi.org/10.1177/20592043261442373

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