西洋音楽史の出発点、古代ギリシアについての7回目です。今回は、アリストテレスの弟子、前4世紀後半に活躍したアリストクセノスです。
ここまでのおさらいをしておくと、ピュタゴラス派に始まった西洋音楽理論は当初、「天体のハルモニア」という言わば神秘的な思想をふくんでいました。古代ギリシアの哲学者、プラトンはこの「天体のハルモニア」の思想を受け継ぎ、音楽と人間の魂の調和について彼独自の考え方を展開しました。プラトンの弟子であるアリストテレスは、プラトンよりも現実的に音楽論を展開し、「天体のハルモニア」という考え方を受け継ぐことはしませんでした。そして今回のアリストクセノスは、師であるアリストテレスの現実路線をさらに押し進めたのです。
目次
アリストテレスの現実路線を推進したアリストクセノス
アリストクセノスも当初は、ピュタゴラス派の影響下にあったと言われています。ピュタゴラス派の教説から、数についての思弁的な思想に影響を受けていましたが、やがてこれを否定します。そして感覚を重視し、声や楽器の示す感覚的に知覚可能な範囲に基づいた議論を押し進めたのです。
旋律論
アリストクセノスが注目したのは旋律、言い換えればメロディーです。彼は『ハルモニア原論』において、音楽の数比的扱いを重視するピュタゴラス派とは大きく対立する見解を示しました。
例えば4度(「ド」に対して「ファ」)については、ピュタゴラス派ではそれは
(4:3)=(9:8)×(9:8)×(256:243)
という考え方でした。
これに対しアリストクセノスでは4度は、
「全音の2と1/2」=「全音+全音+1/2全音」
として示されました(※「全音」とは、ピアノで言えば黒鍵を挟んだ2つの音です。「ド」と「レ」、「レ」と「ミ」の間には黒鍵があるので、この間は「全音」です。「ミ」と「ファ」の間には黒鍵はありませんので、「1/2全音(通常は「半音」と呼ばれますね)」となります。)
では、この場合の「全音」を、わたしたちはどのようにして「全音」と判断するのでしょうか。アリストクセノスによると、それはわたしたちの「感覚(=聴覚)」です。ピュタゴラス派があくまでオクターブから出発して「数比」的に音階を導出したのに対し、アリストクセノスは「感覚」を出発点としました。ここに、ピュタゴラス派とアリストクセノスの相違があります。
ヘレニズム末期から古代後期
ヘレニズム末期から古代後期にかけては、独創的な音楽思想は見当たらないとされています。その後は、ピュタゴラス派、プラトンといった言わば「数・宇宙論的思想」と、アリストテレス、アリストクセノスといった言わば「経験的・感覚的思想」とがかたちを変えながら西洋音楽史の中へ影響を与えていきます。
次回は「古代ギリシア(8)ギリシアの音組織」です。
参考文献
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』