西洋音楽史の出発点、古代ギリシアについての9回目です。今回は古代ギリシアの楽譜です。現在では「音楽は再現芸術である」とよくいわれます。そして「再現」のために欠かせないのが「楽譜」です。もしわたしたちが、古代ギリシアの音楽を再現したいと考えた際には、楽譜が必要になるでしょう。では、古代ギリシアの音楽作品の「楽譜」は現存しているのでしょうか。
現存する古代ギリシアの楽譜
残念ながら、古代ギリシアの楽譜については、現存しているのは40曲ほどで、そのほとんどが断片です。断片と言っても、これは古代ギリシアの初学者によくある勘違いなのですが、例えば「オリジナルの本のなかの1ページだけ残っている」といった類ではありません。この場合の断片とは、だいたい以下の3つに分けられます。
- 後世の書物の中で記載されたもの
- 石に刻まれたもの
- パピルスに書かれたもの
しかし上記の「断片」はどれも、抒情詩や悲劇が流行していた時代、つまり、前6世紀〜前5世紀頃のものは残っていないといわれています。
現存しているのは例えば、
- デルフォイの《アポロン賛歌》(前2世紀、石刻)
- セイキロスの《スコリオン》(前2〜前1世紀、石刻)
- メソメデスの《ムーサ賛歌》《メリオス賛歌》《ネメシス賛歌》(後2世紀、後世の書物)
など、比較的後期のものといわれています。
古代ギリシアの記譜法
古代ギリシアの記譜法は、
- フェニキア文字といわれる古いアルファベットを用いた器楽記譜法
- 古典的なギリシア語のアルファベットを用いた声楽記譜法
の2種類がありました。つまり、一種の「タブ譜(※タブラチュア譜。五線譜ではなく、文字や数字などの記号を用いた記譜法。現在ではポピュラー音楽の「ギター・タブ譜」などが代表的)」でした。
後世への影響
古代ギリシアの記譜法は、後世に対し大きな影響を与えることはありませんでした。
しかし、音楽思想・音楽理論については、様々な解釈を施されながら、中世キリスト教音楽に取入れられ、その後の西洋音楽の発展に大きく貢献しました。
また、劇音楽に関しても、
- フィレンツェのカメラータによるバロック・オペラの誕生
- ヴァーグナーの楽劇
の構想などにおいて、理想的モデルとして影響を及ぼしました。
こういったことから、古代ギリシア音楽が西洋音楽の基盤になっていると言えるでしょう。
参考文献
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀二『音楽の歴史』