Matthew Herbert『One Pig』

(以下は、Twitter での鑑賞実況に、若干加筆・修正を施したものである)

いや、予想以上に豚だった。そして、予想以上に傑作だ。現時点で、今年のベストアルバムである。

これほどまでに、聴きながら様々な思いが噴出した音楽は久しぶりだ。手法としては、「豚」についての録音素材を中心に構成されており、つまり、かなり完成度の高いミュージックコンクレート作品である。しかし、ミュージックコンクレートと呼んでしまうと、どこかアカデミックな印象を与えてしまうが、実際は、あまりに素晴らしいエンターテイメント作品である。ポップミュージックである。だから、サンプリングミュージックと呼んだ方が断然しっくりくる。

本来であれば、資本主義がどーたら、動物愛護がうんたら、という思想的な解釈はいくらでも可能だろうし、そういった解釈をすべきなのだろう。Matthew Herbert 自身も、そういった思想的要素からこの作品を聴いてほしいにちがいない。音楽は、楽しむためのものだけにあらず。音楽によって問題提起をする。Herbert にとって、問題提起をする手段として最も身近で、(誤解を恐れずに言うなら、)最も簡便な〈道具〉が、音楽だったのであろう。また Herbert は、音楽が〈問題提起〉、最も有効な表現方法の1つであると考えているに違いない。音楽だからこそ表現できる、伝達できる〈問題提起〉があるはずである。そう考えているのではないだろうか。

しかし残念ながら、作品はそういった制作者の意図を無視し、どんどん他者へと伝達されていく。作品は、完成され、制作者の手許を離れた瞬間から、制作者の独占できるそれではなくなり、他者の介入を余儀なくされる。Herbert にとっての他者とは、例えば俺である。俺には、作品についての Herbert のインタビューを読み、CD のライナーノーツの読み、彼の音楽を言語的に把握しようと努めた時期が多少なりともあった。近頃はそこまで突っ込んで彼の言説を追ってはいない。だからこそ、彼の音楽について、前情報の乏しい中で、この作品を聴けた。そして。とても傑作であった。つまり、単ッ純にちょっと実験的なポップスとして楽しめるのである。この二面性。解釈をしようと思えば、いくらでも解釈できる。一方で、単純にポップスとしての完成度がすこぶる高い。これが、『One Pig』が2011年のベストアルバムなのではないか、という冒頭の発言の理由である。

以下、『One pig』を聴きながら心に浮かんだとりとめのないことを、トラック毎に分けて、記していく。

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tr. 1: August 2009

なんと、最初はほとんど無音である・・・、ヘッドフォンで聞いたらまた違うのかもしれないが。

1分を過ぎた辺りから、何かをぶつけるような金属音が響く。そしてそれが徐々にリズムになる。というか、異様に音量が小さい。

そして3分を過ぎた辺りから。豚の鳴き声のサンプルがカマされる!

4分過ぎ、ようやく聴取できる程度のシンセが流れてくる。クリーントーン、単音、ピアノ系、が、徐々にアルペジオに。と思ったら5分手前で強烈な豚の鳴き声サンプリングカマされるカマされるカマされる!

聞いててこんなに緊張感のあるポップスは久しぶりだ。

(しかし、これ内容的に、決して iPod で電車の中で聴きたくない)

tr. 2: September

シンセに、歪ませた豚の鳴き声(多分)を重ねている。もしかして、バックトラック全部、彼のことだから、豚のサンプリングかもしれない。” August 2009 ” の抽象さから一転、キックが入っており、ダンスナンバーとして聴くこともできる。

また、象の鳴き声のようなサンプルが入っているが、おそらく象ではないのではないか。

ミニマルな4つ打ちトラックに、ポリBPM(・・・、ポリBPMというか、あまり考えずに並べられているっぽいというか)的にサンプルが絡んでおり、非常に浮遊感がある。ただ、その浮遊感を与えるサンプルが、基本的に豚。

tr. 3: October

歪ませた豚の鳴き声から始まる。この歪み方は、” September “でもそうだったが、壊れたMP3ファイルのような(何だそれは)。

打楽器によるビート感は薄いのだが、1/8で刻まれるシンセ(多分、なぜ多分なのかというと、これもサンプリングかもしれないから・・・)が、グルーヴを生んでいる・・・ニカな雰囲気である。ニカから、アンダーワールドとかが使いそうな仰々しいシンセコードの音量がどんどん上がってきた。けど豚、ていう・・・。

ニカなのに薄っぺらさを感じさせない(いや、全てのニカが薄っぺらいとか言いたいわけではないですよ)のは、イントロの豚が強烈だったからである(ただ、これインストだからイントロとかないよな・・・)

tr. 4: November

まるで豚が会話しているかのようなサンプルから幕開け。そこから、キック、おそらく金属系の何かを叩いているサンプル(これはおそれくサンプルの代わり)が、非常にゆっくり、かつ無規則的に並べられている。

つまり、Abstract 的な。でも豚。と思ったら、2分過ぎから、はっきり規則性を持ったビートを打ち始めた。そしてまた Abstract 的なビートにもどった。でも豚。

tr. 5: December

いつの間にか ” December ” に入っていた。歪んだ豚声サンプルだけでなく、今度は何かを食す際の音のサンプル、あのくちゃくちゃいう例の不快なあれ、が所々に混ざる。

tr. 6: January

” November “、” December ” の喧噪とは対象的に、またも絞られた音量、で静かな曲。

と思ったら、歪み系のシンセがまたも無規則に鳴らされて、と思ったら、低音でアタック感の弱い、うわ、何これ、気持ち悪・・・、何の音、これ・・・、のようなビートの連打。そして豚の鳴き声で終わる・・・。

tr. 7: February

やはり、何これ、流れてんの? のようなのが1分くらい続く。そして。何かを毟るような? サンプルに続いて、アタック感の強い中域系のサンプルがビート刻んで、ん?

これ、何か、何これ? 機械的な…、まさに「切り刻まれている」サンプルではないのか…? (Matthew Herbert 『One そのままインダストリアルなビートが、抑揚を持った音量で、続いていく。これは…、明らかに何か「加工されている」様子を、正しく具体音楽で、しかも高次元なそれで、表されているのではないのか…?

「切り刻む」サンプルに加え、「打ち付ける」サンプル(この両者とも、俺の予想である)も鳴る。どこかトライバルな(笑)雰囲気、これはアがる!

tr. 8: August 2010

” February “の、最後に豚さんの鳴き声サンプルが響いていたので、豚さんまだ生きていた、安心した。で、”August 2010″、料理のサンプル響いた響いた響いた!!!!! やっぱ豚さん殺されてた!!!!!!

でも、この曲、これははっきり解るのだが、豚の鳴き声のサンプルを鍵盤に割り当てて、サンプリング・シンセみたいな感じで、メロディーが奏でられてる。豚は死んでいるのだから、鳴き声は聴こえないはずなのだが。・・・、豚の怨霊!?

リズムは規則的だが、低音が抜かれているため、ビート感は薄い。

はっきりとシンセがメロディーを奏でているのだが、微妙に十二平均律からずれており、非常に気持ち悪い。あー、食べられてる、5分手前から、ついに食べられてるよ、豚。

食事の際の口のくちゃくちゃのサンプル。で終わる。気持ち悪い。むしろこの人間の方が豚に思えてきた。

tr. 9: May 2011

まさかのバラード系、アコギ弾き語りトラック、そしてその後ろで微かに響く豚声・・・。

アコギの弾き語り自体は 1分30秒程度終わる。そして、2分半でトラックが終わるまで、アンビエンスなサンプル(そんな良いものではない、多分何かを片付ける音であろう)が流れて、アルバムが終わる。

ということで、聴き終わった。ヘッドフォンで聴きたいような、聴きたくないような、いや、これは聴かねばならぬのだろう。でもこれ、ヘッドフォンで聴くのって、かなり修行に近いような。


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