西洋音楽史、20世紀後半の13回目です。前回はコチラ。
さて、今回で20世紀後半の音楽を取り上げるの最後です。つまり本サイトで、本文で西洋音楽史を取り上げるのは、これで最後になります。
本サイトの西洋音楽史「20世紀後半」では、第2次世界大戦直後の、モダニズム modernism を推進させる前衛・実験音楽から、80年代以降における音楽のポストモダニズム Postmodernism について概観しました。今回は、80年代以降の西洋音楽史を取り上げます。
小さな音楽
90年代以降のアメリカの作品は、消費の論理で動いていると言われています。つまり、楽曲を初めとする音楽表現が、ほんのわずかな差異によって区別され、間もなく飽きられ、また新たな差異化が求められる、という状況です。こうした繰り返しは、或る美的理念によって様式が決定されてきた前衛の歴史とは異なり、音楽を果てしなく細分化していきます。つまり、主流もなければ傍流もない、言ってしまえば「小さな音楽」がひたすら併存している。このような状況です。
祈りの音楽、癒しの音楽
90年頃から、「差異化」に使用されている言葉の1つに、「祈りの音楽」や「癒しの音楽」がありました。代表的な作曲家として、
- ペルト Arvo Pärt
- タヴナー Sir John Tavener
- カンチェーリ გია ყანჩელი(Giya Kancheli)
らが挙げられます・
彼らの作風には、一時期グレゴリオ聖歌が好く聴かれたことや、グレツキ Henryk Mikołaj Górecki《悲哀のシンフォニー》Symfonia pieśni żałosnych がヒットしたことと共通性があります。
また、アメリカ西海岸を中心としたハリソン Michael Harrison らによる純正調による音楽に、祈りの音楽、癒しの音楽が使われることもありました。
ニュー・コンプレキシティ
では、前衛が全く影を潜めたのかというと、そうではありません。
ポストモダニズムという潮流の中で、前述の「小さな音楽」の1つとして、モダニスティックな傾向の音楽も続いています。
例えば、ニュー・コンプレキシティ(新しい複雑性)New Complexity と呼ばれる作曲家たちの作品から、モダニスティックな傾向が見てとれます。代表的な音楽家として、
- ファニホウ Brian Ferneyhough
- フィニシー Michael Finnissy
- ディロン James Dillon
らが挙げられます。
彼らは実際には、作曲方法は異なっていますが、トータル・セリーを発展的に継承してきた作曲家であることから、ニュー・コンプレキシティと呼ばれています。
特殊奏法
ニュー・コンプレキシティと同じように、セリー以降を模索した作曲家として、ラッヘンマン Helmut Friedrich Lachenmann が挙げられます。
ラッヘンマンは、彼独自の「楽器によるミュージック・コンクレート」を試みました。つまり、楽器の音を伝統から切り離し、自分独自の素材へと異化していくことを追求しました。
彼の作品は特殊奏法ばかりで、思いがけない演奏法を要求します。
スペクトル楽派 École spectrale
またフランスでは、音のスペクトル spectrum 分析に基づいて新しい作曲技法を編み出した、
- ミュライユ Tristan Murail
- マヌリ Philippe Manoury
が重要な作品を発表し、「スペクトル楽派」と呼ばれています。
※スペクトル: 複雑な情報や信号をその成分に分解し、成分ごとの大小に従って配列したもののこと。
このように、60年代までのような前衛の隆盛はありませんが、「祈りの音楽」「癒しの音楽」から、新たな前衛まで、「現代」音楽はさまざまな様相を見せています。
【参考文献】
- 片桐功 他『増補改訂版 はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 久保田 慶一 他『キーワード150 音楽通論』