西洋音楽史、中世の4回目です。
前回は, 中世における世俗音楽ついて紹介しました。
なお, 西洋音楽史の目次はコチラになります。
中世の世俗音楽は、単旋律ばかりだったと言われます。これに対し、宗教音楽においては多声的な音楽が登場し始めます。
この、中世の宗教音楽における「多声的な音楽の登場」は、音楽理論において非常に重要視されます。というのも、和音・和声・調性といった、西洋音楽の特徴の出発点として見なされているからです(したがって、中世の宗教音楽、特に「グレゴリオ聖歌」を西洋音楽史の出発点とする教科書も多数あります)。そして何より、こうした「多声的な音楽」が、「理論的」に確認されながら生み出されていった、とう点に、中世の宗教音楽における「多声的な音楽の登場」の有意義さがある、と通説では考えられています。
『音楽提要』
現在確認できる、単声から多声へという新しい動きを証明する最古の資料は、9世紀末頃に書かれた『音楽提要』という理論書であると言われています。残念ながら作者は不明です。
オルガヌム
『音楽提要』には、2本の旋律の「重ね方」が記されています。
2本の旋律のうち、1本目はグレゴリオ聖歌の旋律です。この、グレゴリオ聖歌の旋律を主声部とします。そしてこの主声部の一音々々に、別の音が付け加えられます。つまり、1音対1音で、別の音が付け加えられる、ということです。この別の音が2本目の旋律で、オルガヌム Organum 声部と言われます。2本目の旋律は、主声部に対して、5度下(主声部が「ド」であれば、オルガヌム声部は「ファ」)、あるいは4度下(主声部が「ド」であれば、オルガヌム声部は「ソ」)になっています。
このように「1音対1音」でできたオルガヌム声部を「平行オルガヌム」と呼ぶそうです。オルガヌムはラテン語で、「楽器」あるいは「オルガン」を表し、その語源は「道具」を意味するギリシア語です。
9世紀頃の修道院や教会で、具体的にどのようなオルガヌムが歌われていたかは不明だそうです。オルガヌムの譜例は残っていますが、しかしそれは「多声」音楽をどのように作るか、つまり、「多正書法の理論」の基礎を説明するものにすぎないからです。
自由オルガヌム
オルガヌムが基礎的な書法ではなく、作品・楽譜として残されるようになるのは、11世紀からだそうです。
11世紀のオルガヌムは、1音対1音の「平行オルガヌム」ではなく、「自由オルガヌム」でした。
自由オルガヌムは、1音対多音、つまり1音に対して複数の音が付け加えられます。そして旋律の動きも、斜進行や反進行を含んでいました。つまり、オルガヌム声部におけりう創作的な要素が大きくなっていったのです。
12世紀に入ると、南フランスのサン・マルシャル修道院などにおいて、さらに複雑なオルガヌムが残されるようになりました。特徴としては、グレゴリオ聖歌の旋律の上に、細かく自由に揺れ動く旋律を重ねる、というものでした。
ノートル・ダム楽派
リズム
12世紀〜13世紀にかけてのパリのノートル・ダム大聖堂で活躍したノートル・ダム楽派 l’École de Notre Dame が作ったオルガヌムでは、「リズム」の面で大きな変化がありました。
オルガヌムの「リズム」の変化に大きく貢献したのは、ノートル・ダム楽派でもペロティヌスPerotinus でした。
ペロティヌス
ペロタン、大ペロティヌスでも知られています。
ノートル・ダム楽派の代表的音楽家として知られていますが、ノートル・ダム大聖堂に属していたのかどうかや、生涯や作品についても諸説あります。
レオニウス作といわれる《マグヌス・リベル・オルガニ Magnus liber organi》を改訂しました。さらに、オルガヌムを 3 声や 4 声へ拡大したこと、また独立した楽曲としてクラウスラを作り出したことも重要です。《セデルン・プリンチペス》は、1199 年 12 月 26 日の聖ステファノの祝日にノートル・ダム大聖堂で歌われています。
ぺロティヌスによるリズム表記法
ぺロティヌスによるリズム表記法(モード・リズムと呼ばれます)は、6つのリズム型からできてきます。
- 第1モード: 8分+16分
- 第2モード: 16分+8分
- 第3モード: 付点8分+16分+8分
- 第4モード: 16分+8分+付点8分
- 第5モード: 付点8分+付点8分
- 第6モード: 16分+16分+16分
以上のモードのうち、どれが用いられるかは、ネウマを数個つなげた連結符(リガトゥラと呼ばれます)によって示されました。つまり、個々の音の長さが、現在のように単一の音符で直接的に示されるのではなく、いくつかの音符の連結の仕方によって間接的に示されていたのです。
このペロティヌスによるリズム表記法によって、中世の西洋音楽は初めてリズムを楽譜上に明記できるようになったと言われています。
より複雑なオルガヌムへ
ノートル・ダム楽派の西洋音楽史的意義は、リズムの記譜だけではありません。ノートル・ダム楽派は、3本あるいは4本の旋律を重ねることによって、より複雑なオルガヌムをつくったのです。
またこのことによって、モード・リズムがより重要になりました。というのも、3つ、あるいは4つの旋律が美しく聴こえるためには、各旋律のリズムが明確に意識され、そしてそのために楽譜上に記されていなければならなかったからです。
モテット
ノートル・ダム楽派のつくりだしたオルガヌムは、様々なジャンルを生み出すようになりました。
ノートル・ダム楽派のオルガヌムには、全声部がモード・リズムで動く、「ディスカントゥス様式」というものがあり、この様式の一部から、「クラウスラ」と呼ばれるジャンルが生まれました。「クラウスラ」とは、「終わり」を意味するラテン語です。
そしてさらに「クラウスラ」から、「言葉」を意味するフランス語に由来する「モテット」というジャンルが誕生しました。
このモテットは、現代の音楽への関わり方に比べると、なかなか面白いジャンルであると言えましょう。というのもの、声部によって歌詞が異なっていたからです! この、声部によって歌詞が異なるモテットを、二重モテットといいます。
例えば、同じ楽曲の中のある声部をラテン語で、別の声部をフランス語で歌う。もしくは、ある声部では宗教的な歌詞、別の声部では世俗的な歌詞を歌う。というふうに、同じ楽曲なのに全く違う歌詞が並行して歌われていたそうです。
なお、14世紀になるとモテットはさらに重要なジャンルになりました。同一のリズム・同一の旋律を反復する「アイソリズム」という技法によって、音楽的な統一が図られるようになったり、すべての声部が世俗的な歌詞による作品が多くなっていった、と言われています。
次回は「中世音楽(5)14世紀の音楽」 です。
参考文献
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』