古楽における楽譜と演奏

金澤正剛『新版 古楽のすすめ』「第十二章 即興演奏について」についてのノートです。なお、当エントリーにおける引用は、特に断りのない限り、金澤正剛『新版 古楽のすすめ』(2010年、音楽之友社)からになります(くどいよ)。古楽については、以下を参考にしてください。

さて、第十二章では、古楽における即興演奏がテーマなのですが、これに関連して、楽譜の役割やその歴史のようなものが説明されています。この点に関しては、以下も参考にしてほしいのですが、

もう少し、楽譜について、特に古楽におけるそれの説明を追ってみたいと思います。

「古楽においては、最初にまず演奏があって、その演奏を後日のために残そうと書き記す手段として考案されたのが楽譜なのである」(p. 242)

そしてこのような古楽における楽譜には、

「正式な記録として正確に記されたものと、速記のように必要最小限のみを記したものがある」(同ページ)

現在のように、楽譜のルールがしっかり確立していたわけではない、ということです。前回のエントリーでも引用しましたが、金澤正剛の知っている古楽演奏家たちの中には、「楽譜どおりに演奏していたとしたら、少なくともそれは誤った演奏である」(同ページ)と発言する方が多くいらっしゃるようです。

そして、前回も思ったのですが、ここからが古楽を演奏する際の厳しい面ではないでしょうか。「通奏低音」を例に、次のように述べられます。

「例えば通奏低音などというものは、非常に合理的かつ巧妙な伴奏用速記法といって差し支えないだろう。しかしそれを時代の様式に従って効果的な演奏として再現するには、記譜上の約束を充分に理解し、記されていない部分を即興的に補って演奏しなくてはならない」

この、「記譜上の約束を充分に理解し」という部分、かなりあっさり書かれていますが、相当難しい。あくまで即興で、しかしルールは守って、そしてルールは250年前のですけど? 古楽演奏家を本当に尊敬します。

続いて引用しましょう。「楽譜の役割」という節のまとめの部分です。

「いずれにしろ古楽の演奏にあたっては、楽譜絶対崇拝主義を捨てて、その作品がいつの時代に、どこで、どのような背景のもとで記譜されたかを調べ、作曲家がどのようなつもりでその楽譜を書き記したのかをじっくりと考えてみる必要ある」

楽譜リテラシー以上の、より音楽そのものに近づくかのような能力を、古楽演奏の際には働かさなければならない、ということでしょう。


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