「音楽の世界における現代の習慣や常識」の「ルーツ」

金沢正剛(2010)『新版 古楽のすすめ』(音楽之友社)を参考に、自分なりに「古楽」について学んで、さらに本書を「音楽活動に対するオルタナティヴな提案」として曲解している(笑) ところです。「曲解」については、以下の記事を参考にしてください(笑)

さて、『〜 古楽のすすめ』によると、「古楽」はバッハ以前の(ヨーロッパ)音楽を指す、ということです。その理由としては、いくつか挙げられているのですが、興味深いものをまとめると、

  1. 12平均律の定着
  2. ハーモニーを中心とした音楽の作り方
  3. 切符を購入して音楽会に参加するという習慣
  4. 作曲家・演奏家・聴衆の分業

あの、「興味深いもの」を挙げているだけなので、全部ではないです(笑) 注意してください。何度も言いますが(初めてか?)、私は専門家ではないので、真に受けないでください(笑) 必ず引用元である『新版 古楽のすすめ』を確認しましょう(笑)。

話を元に戻しますと、これら現代にまでみられる音楽の状況は、バッハ以後に浸透していったものである。バッハ以前は音楽の状況が現代にみられるものとはかなり異なっていた。だから、バッハ以前は「古い」音楽、すなわち「古楽」、ということになります。

『〜 古楽のすすめ』では、次のようにまとめられています。

「音楽の世界における現代の習慣や常識には、そのルーツを十八世紀中頃にさかのぼることのできるものが極めて多い。例えばトリナティーや近代ハーモニーの確立、オーケストラの成立、音楽会に行くという習慣、芸術家としての作曲家や演出家の意識などなど」
「長いヨーロッパの音楽史において、バッハの時代ほど音楽の習慣や常識が急激な変化を遂げた時代はない。したがって、それ以前の音楽に現代の習慣や常識を押しつけるのはしょせん無理な話なのである。それを素直に認識した上で、バッハ以前の音楽を「古楽」という名で呼ぶようになった」(金沢正剛(2010)『新版 古楽のすすめ』音楽之友社 p. 35-36)

あれ?(笑) 録音技術の発達は「音楽の習慣や常識が急激な変化」に含まれないの?(笑) というポピュラー音楽愛好家のツッコミを一応いれつつ、ただ、そーいうツッコミはこの手のものには無粋なので(笑)、深入りはしませんが。

「十八世紀中頃」、というのは、1750年頃、つまり、バッハが亡くなった年です。そしてバッハが亡くなる年くらいを境目に、音楽の習慣や常識がどんどん変わっていったので、バッハ以前は古楽、ということにしましょう。ということみたいです。

最後に、次の文を紹介して終わりにします。

「今では明確に区別される声楽と器楽の違いも、十六世紀末までははっきりとはしていなかった」(同書 p. 36)

歌が入っているから良いとか、歌が入っていない音楽聴いているのがカッコいいとか、そういう考えなんて昔はなかったんだよ、という。ちょっとざっくり言い過ぎていますが(笑) けっきょく、音楽の価値に差なんていうものはなくて。好き嫌いというのはあるけど、高級/低級とか正しい/悪いというのはないのだよ、というメッセージをね、勝手に読み取りました。


【スポンサーリンク】
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

関連コンテンツとスポンサーリンク

【関連コンテンツとスポンサーリンク】



【スポンサーリンク】
スポンサーリンク