農業とヒップホップの意外な共通点: Lil 農家『Lil 農家』

片や, 紀元前 9500 年前までさかのぼることができると言われ, 現在では発展途上・田舎のイメージがあり, そして生命維持に欠かせない食料を生産している農業. 片やや, 40 年程度の歴史しかなく, 都市で生まれ, 現在も都市性がその特徴であり, 生命維持に不可欠とは言えない文化, そして音楽であるヒップホップ. このように書くと, 農業とヒップホップは真逆の何かで, 両者に共通点を見出すのは難しいかもしれません.

農業をテーマにしたリリックを書いてラップ曲を作ってしまえば, 手軽に接点を持たすことはできます. しかし, それは面白そうではありますが, 「面白そう」のそれ以上にもそれ以下にもなりません. 面白ければそれでいいのかもしれません. ただ,単なる「面白そう」のその先を楽しむためには, もう一歩進んだところにある, 異分野の共通点を見出した方がいいでしょう.

では, 農業とヒップホップには, 一体どのような共通点があるのでしょうか. よく思い起こせば, たくさんあります. 先ず, 土地性. あるいは, 地域性. ヒップホップも農業も, その土地に根ざしていることを重視します. ヒップホップは, 表現者のルーツをリリックに込めますし, 農業において作物を栽培する際にその地域の特徴というのは非常に重要になります.

また, 仲間を作ることも, 農業とヒップホップに共通しています. 農業で生計を営むためには, 一人では難しく, 組合という形で生産者同士が団結しています. ヒップホップも, 表現者同士でチームを組むことがしばしばあります.

さらにもう一つ付け加えるなら, それは, 誰でも始められるという「手軽さ」と, しかし実際には誰でも続けられるほど手軽ではないという, 手軽さへの「誤解」です.

農業を始めるのに, 特別な資格は要りません. 例えば医者になるには, 国家資格がありますが, 農業を始めるのにそのようなものはありません. 土地と設備さえあれば, 誰でも農家になることができます. その土地と設備への費用も, 他の産業に比べればはるかに安価です.

ラップまた, 他の音楽ジャンルに比べればはるかに手軽に始めることができます. 先ず, 楽器を用意・習得する必要はありません. 必要なツールは, マイクとパソコン, あとはオーディオインターフェイスがあれば, ベッドルームで誰でもラッパーになれます. 極端な比較ですが, もちろん, オーケストラの楽団員になるよりもはるかに手軽でしょう. オーケストラの楽団員は極端ですが, ロックバンドを結成するよりも, アコースティックギターで弾き語りをするよりも, ラップは手軽に始められます.

農業もヒップホップも、手軽に始めることができます. しかし, 手軽に始められることは、気長に続けられることと等しくありません. さらに, 手軽に始められることは, その内容が空疎で, 単純で, 難しくないことを意味しません. この点は, 多くの人が誤解しているのではないでしょうか. また, 誤解されているとすれば, 誤解されていることもまた, 農業とヒップホップに共通していると言えます.

ヒップホップという文化における音楽的要素であるラップは, リズムに乗せて韻を踏みながら喋ることです. このように説明すると, 他の音楽ジャンルに比べると単純な形式のように, 思えます. しかし, よく考えれば, ラップをメロディーとして捉えた場合, それをどう解釈するかは非常に難解です. また, 韻を踏むことは, 実は極めて形式的で,「韻を踏んでいる」と言えるリリックを書くには, 相当に文学的な技術が必要になります (こっそり言いますが, このように考えれば, 多くのラップ・ミュージックは韻を踏めていないと言えます).

農業の方はどうでしょうか. 農業従事者には日本では高齢者が多いことを考えれば, 農業はそう難しくない産業なのでしょうか. 違います. 実際は, 農業は他の産業と同じかそれ以上に奥深い. 農業は言うまでもなく, 植物を扱います. したがって生物学の知識は不可欠です. この生物学の知識を中心に, 土壌・肥料であれば地学の知識が必要ですし, 農薬を使用するなら化学の知識が必要です. 施設農業であれば工学の知識も必要になります. 営農のためには経営学の知識も必要です. 農業に真剣に取り組むことは, こうした分野の知識の総力戦だということができます.

このように, ヒップホップも農業も, 手軽に始められはしますが, しかし実際は, きなに取り組み, それをそれとして成り立たしめるには, 高度な知識・技術が必要です. この点について, 多くの人が理解していないのではないでしょうか. 農業とヒップホップは, 同じような誤解を受けているのではないでしょうか. そしてこの誤解こそ, 農業とヒップホップの共通点です.

Lil 農家のデビュー EP『Lil 農家』は, こうした誤解の産物です. ヒップホップは手軽に始められる, 農業もまた, 手軽に始められる. なら農業をテーマにしたヒップホップもまた, 手軽に始められるのではないか. こうした気持ちで生み出されたのが,『Lil 農家』です.

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EP 情報

  • タイトル: Lil 農家
  • アーティスト: Lil 農家
  • リリース: 2018 年 11 月 2 日

そして出来上がった音源は, 誤解が誤解だと理解している者にしか仕上げられないモノになっています. 農業をテーマにしたヒップホップと聞いたとき, 多くの人はどういったイメージを持つでしょうか. きっと, アコースティック・ギターや生音ドラムがサンプリングされ, 穏やかな雰囲気のラップ・ミュージックを想像することでしょう. Lil 農家は違います. Lil 農家の出身地が高知県 = 南国土佐ということでサウス・ヒップホップが参考にされ, また, 2017 年に流行した Soundcloud Rap にインスピレーションを受け, 808 で組まれたビートとシンセが印象的なトラックに, まるで何かの呪文のように同じフレーズを繰り返すラップです. そこには穏やかな雰囲気はありません. 終始, 攻撃的です.

農業もヒップホップも誤解されています. その誤解を誤解だと理解した農家兼ラッパー, 要するに兼業農家が送るリアルな農業系ヒップホップ, それが『Lil 農家』なのです.

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