中世の西洋音楽と言えば、何と言ってもグレゴリオ聖歌です。
グレゴリオ聖歌は、中世の宗教音楽の代表です。ローマ・カトリック教会の典礼音楽であり、司祭やその他の聖職者たちによって、今日でもなお歌い継がれています。
目次
グレゴリオ聖歌の形式
グレゴリオ聖歌は大部分がラテン語で歌われます。また、教会旋法によって律せられた単旋律音楽です。旋律としては、順次進行(或る音が2度上または下、言い換えれば、音階の隣り合った音へ進行すること。例えば、「ド」であれば「レ」または「シ」へ移動すること)主体とした緩やかな曲線を描くものが多い。ただ、単純な朗唱風の旋律(詩編唱定式)から音楽的に豊かな旋律に至るまで、様々なスタイルがあります。
グレゴリオ聖歌はア・カッペッラで、つまり礼拝堂風に歌われます。これは要するに「無伴奏」で歌う、という意味です。歌い方には、交唱(斉唱と斉唱の交代)、応唱(独唱と斉唱の交代)、直行唱(交代なし)があります。
グレゴリオ聖歌の成立
グレゴリオ聖歌という用語は、9世紀頃から使われ始めたと言われています。
この聖歌は、ヨーロッパ各地における典礼音楽を集約したものである、と考えられています。しかし、成立の経緯を示す資料はほとんど残されていません。
つまり、ユダヤ教の聖歌、東方諸教会の聖歌(ビザンツ聖歌など)、古ローマ聖歌、ガリア聖歌、ミラノのアンブロジオ聖歌、スペインのモサラベ聖歌などが、グレゴリオ聖歌とどのような関係にあったのかを明確にすることはできないのです。
また、6世紀末にローマ法王であったグレゴリウス1世(在位590〜604)が、グレゴリオ聖歌の成立にどの程度貢献したかについても、不明だと言われています。
ただ、いずれにしも現存する最古のグレゴリオ聖歌は9世紀ころのものです。そしてグレゴリオ聖歌が最終的に今日のような形になったのは、ルネサンス時代になってからだそうです。最新のグレゴリオ聖歌には16世紀に作られた旋律もあります(最新と言っても、今から約500年前ですが・・・)。
こうしたことから、グレゴリオ聖歌は、9世紀から16世紀までの長い時代にわたって集大成されたものということになります。
グレゴリオ聖歌の種類
グレゴリオ聖歌は主に、
- 聖務日課用(毎日決められた時間帯に決められた順序で歌われる)
- ミサ用
に分類されます。
ミサ用はさらに、式文によって、ミサ通常文と、ミサ固有文に分けられます。
- ミサ通常文・・・キリエ、グロリア、クレド、サンクトゥス、アニュス・デイの5つの章からできていて、典礼の内容に関わらず同じ言葉で歌われます。また、典礼の内容によって何通りもの旋律がつけられています。
- ミサ固有文・・・入祭唱、昇階唱、アレルヤ唱、詠唱、奉納唱、聖体拝領唱などがあります。言葉は式典の内容によって変化します。
なお、実際のミサにおいては、これらのミサ通常文とミサ固有文が組み合わされて歌われます。
楽譜
グレゴリオ聖歌は、ネウマ譜という楽譜で書かれています。「ネウマ」とは、「合図」や「記号」を意味する古代ギリシア語です。
( via https://ja.wikipedia.org/wiki/グレゴリオ聖歌 )
ネウマ譜では、音の高さ(相対音高)は明確に記されていますが、音符の長さ(或る音に与えられた楽譜上の時間の長さ、「音価」が不明確です。そのため現在、ネウマ譜に対していくつかのリズム理論が考案されています。
大きく分けると、
- 音符によって音価に違いがある
- すべての音符が等しい音価である
という考え方です。
「すべての音符が等しい音価」であるというリズム理論の代表例として、ソレム唱法が挙げられます。これは19世紀から20世紀にかけて、フランスはソレムの修道院で研究・体系化された理論です。
譜線を用いたネウマ譜は、10世紀ころからみられるようになります。譜線とは、楽譜の「横線」のことです。現在の楽譜は主に「五線譜」ですね。13世紀頃のネウマ譜は、4線が一般的だったそうです。理由としては、グレゴリオ聖歌の音域が1オクターブ以内に収まることが多かったため、と考えられています。
音部記号にはハ音記号とヘ音記号がありました。
しかし、周期的なアクセントというのはなく、つまり、拍子記号や小節線もみられません。
ネウマ譜には縦線もありますが、現在のような「小節」を表すためではなく、「楽句」の切れ目、もしくは、音楽的な段落点の性格を示すものでした。
教会旋法
古代ギリシアにおいて音列が形式化されていたように、グレゴリオ聖歌にも形式化された音列がありました。それを「教会旋法」と言います。
なお、古代ギリシアの旋法名はギリシア語を、中世の教会旋法ではラテン語を使うのが一般的で、ただ、両者は名前が一緒であっても実際の旋法、つまり使用される音列は異なります。
どのようにして教会旋法が成立したかについての資料は、現存していないそうです。しかし、11世紀には「正格旋法」と「変格旋法」が一対ずつ組になっている8種類の旋法が完成していたと言われています。旋法の種類が数で示される場合は、奇数が正格旋法、偶数が変格旋法を表しています。
(1)ドリア「レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ」(正格旋法)
(2)ヒポドリア「ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ」(変格旋法)
(3)フリギア「ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ・ミ」(正格旋法)
(4)ヒポフリギア「シ・ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」(変格旋法)
(5)リディア「ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ」(正格旋法)
(6)ヒポリディア「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」(変格旋法)
(7)ミクソリディア「ソ・ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ・ソ」(正格旋法)
(8)ヒポミクソリディア「レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ」(変格旋法)
(※古代ギリシアの音列が「下方形」(つまり、五線譜で表すと左が最も高い音で、右が最も低い音)であるのに対し、中世の教会旋法は「上方形」(つまり、左から右へ、音が高くなっていく)です)
上に挙げた8つの旋法の音名のうち、太字で表されているのが「終止音」、下線が引かれているのが「支配音」と言われています。
- 終止音・・・旋律の最後の音になることが多い音
- 支配音・・・終止音の次の重要な音。朗唱音、保続音など。要するに、旋律において出現する頻度の多い主要な音で、例えば詩編唱では支配音が長々と保持される。
一対の正格旋法と変格旋法では、終止音は同じです。例えば、「ドリア」と「ヒポドリア」は一対の旋法で、終止音は、ともに「レ」です。しかし、支配音は異なります。「ドリア」と「ヒポドリア」の場合、「レ」という終止音は同じですが、支配音が「ドリア」であれば「ラ」、「ヒポドリア」であれば「ファ」と、異なっています。
そしてこれらの各旋法は、音階構造の違いにより、固有な正格が与えられています。
次回は「中世音楽(3)世俗音楽」です。
参考文献
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』