Angine de Poitrine(アンジーヌ・ドゥ・ポワトリーヌ)徹底解説——仮面のマス・ロック・デュオが世界を席巻するまで

2026年2月、インターネット上の音楽コミュニティに一本の動画が投下されました。映っているのは、白黒水玉模様のコスチュームを身にまとい、巨大なパピエ・マシェ(張り子)マスクで顔を完全に隠した2人組。片方は変則的なダブルネック・ギターを奏でながら、素足のつま先でループペダルを操作し、もう片方は怒涛のドラムを叩き続けます。

投稿から一週間で200万回以上再生されたこの動画をきっかけに、カナダ・ケベック州発のロック・デュオ Angine de Poitrine(アンジーヌ・ドゥ・ポワトリーヌ) は、一夜にして世界規模の現象となりました。4月現在、KEXPへの動画再生回数は600万回超(一部報道では900万回近くとも)。Dave Grohl(Foo Fighters)が「完全に頭おかしい、最高だ」と絶賛し、ニューヨーク・タイムズが謎に迫る特集を組み、ツアーチケットは即完売——転売チケットは500ドル超まで高騰しています。


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バンドの概要

項目内容
バンド名Angine de Poitrine
出身地カナダ・ケベック州サグネ市(シクティミ地区)
結成2019年
メンバーKhn de Poitrine(ギター)、Klek de Poitrine(ドラムス)
ジャンルマス・ロック、エクスペリメンタル・ロック、プログレッシブ・ロック
代表作Vol. 1(2024)、Vol. II(2026年4月3日リリース)
主要受賞2025年 GAMIQ「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」

バンド名はフランス語で「狭心症(胸の締め付け感)」を意味し、最初はジョーク半分で付けられた名前でした。しかし次第に、メンバー自らが音楽の本質と結びつけ、「不協和音が引き起こす心臓の誤作動」と表現するようになっています。


誕生の経緯——「バレないようにもう一度やろう」

2人は10代の頃から20年にわたる音楽的な協力関係を持つ旧知の仲です。Angine de Poitrineとしての活動の始まりは、実にシュールなものでした。

ある週、地元サグネのライブ会場から同じ2人が「一週間に2回」出演依頼を受けてしまいます。同じ客前に同じ顔で2度出るのはまずいと考えた2人は、2回目の出演を「別のバンド」として、コスチューム姿で正体を隠して行うことにしました。彼らはこれを後に「アンディ・カウフマン的なジョーク」と表現しています。

この「ノリで始めたコスプレ」が、やがて彼らの本業となり、独自の美学を持つアート・プロジェクトへと成長していきます。


音楽性——「マントラ・ロック・ダダ・ピタゴラス・キュビスト・オーケストラ」

Angine de Poitrineの音楽は一言で表現するのが難しく、彼ら自身は「マントラ・ロック・ダダ・ピタゴラス・キュビスト・オーケストラ」と自称しています。音楽メディアからはマス・ロック、「Sun Raがパンクと出会った」「King Gizzard & the Lizard Wizard や Gentle Giant に似ている」とも評されています。

マイクロトーナル・ギター

バンドの最大の特徴のひとつが、Khnが演奏するカスタム製のダブルネック・マイクロトーナル・ギター/ベースです。サグネ在住の職人に150時間以上かけて製作させた特注品で、マイクロトーン(音と音の間の微細な音程)を演奏できるよう追加フレットが組み込まれています。

KhnとKlekはインド、日本、アラブ、インドネシア、トルコ音楽など東・南・西アジアのミクロトーン音楽に惹かれており、10代の頃からそれらを聴き込んできました。西洋音楽では通常用いられない、クォーター・トーンやサード・トーンのような音程が、その独特なサウンドの核となっています。

ループ・ペダルと複雑なリズム

Khnは曲中にループ・ペダルを素足(白黒の水玉模様に塗られた足)で操作しながら音の層を重ねていきます。Klekは猛烈なペースでドラムを叩き続け、結果として生まれる音楽はフレネティック(狂乱的)でありながら催眠的であり、微小音程のハーモニーが聴衆の感覚を揺さぶります。

楽曲はほぼ完全にインストゥルメンタルで、ボーカルはごくわずかに用いられるのみで、しかも歪まされており、聴き取るのは困難です。


圧倒的なライブ・パフォーマンスと演出

音楽と並んでAngine de Poitrineを語るうえで欠かせないのが、そのライブのビジュアル演出です。

2人は巨大なパピエ・マシェ製マスクと白黒水玉模様のフルボディ・コスチュームで全身を覆い、完全に素性を隠します。片方はピノキオのような長い鼻を持ち、上から白い逆ピラミッドに貫かれたようなデザイン。もう片方はダルメシアンとモンティ・パイソンの「黒騎士」の子供のような出で立ちです。

ステージ上では、曲間に観客に話しかけることは一切ありません。代わりに2人は儀式的な身振りを互いに向けて行い、中でも最も有名なのが両手で三角形を作るジェスチャーです。観客もこれを真似するようになっています。

インタビューでも英語やフランス語を使わず、独自の「宇宙語」(唸り声や軋み声)で語り、通訳を通じて受け答えします。マネージャーのSébastien Collinは、メンバーの本名がオンライン上から削除されるよう対処しており、バンドのウェブサイトも「Angine de Poitrineは匿名のアートプロジェクトである」と明記するよう更新されました。


バイラル爆発——KEXPと世界的な認知

2025年12月、フランス・レンヌの老舗フェスティバル「Trans Musicales」でのパフォーマンスが録画され、シアトルのインディー・ラジオ局KEXPが2026年2月5日にYouTubeへ公開しました。この動画は即座にバイラルな成功を収め、公開後1週間で200万回以上の再生数を記録。4月現在では600万回超に達しています。

Foo FightersのDave Grohl は、ポッドキャストへの出演時に「昨日友達に送ってもらって、完全にぶっ飛んだ」と興奮を露わにし、スマートフォンで動画を見せながら絶賛しました。

ケベックで平均視聴者数100万人近くを誇るトーク番組「Tout le monde en parle」への出演では、2人が宇宙語で答えるインタビューが多くの視聴者を困惑させ、オンライン上で激しい論争を巻き起こしました。しかしこれがさらなる話題を呼び、国際的な認知に繋がっています。

ビニール盤の需要に応えるため生産量が増産され、コンサートは即時完売、転売チケットは500ドル超まで高騰しています。


ディスコグラフィー

Vol. 1(2024年6月14日)

デビューアルバム。リリース当初はケベックのオルタナティブ音楽シーンで徐々に認知を広げました。バイラル化後はDiscogsで「最も求められているレコード」1位となり、テイラー・スウィフトやBad Bunnyを上回ったことも話題となりました。

Vol. II(2026年4月3日)

KEXPバイラル直後にリリースされたセカンドアルバムは、Metacriticでの批評家集計スコア88/100という高評価を受けています。自主流通での発売にもかかわらず、世界的な注目を集めました。


受賞歴と主な出演歴

  • 2024年夏:Le Festif!(ベサン=ポール)、モントリオール・ジャズ・フェスティバル、Pop Montreal、M for Montreal などに出演
  • 2025年12月:GAMIQ(ガラ・アルタナティフ・ドゥ・ラ・ミュージック・アンデパンダント・デュ・ケベック)第20回アワードにて「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」を受賞
  • 2025年12月:Trans Musicales(フランス・レンヌ)出演、KEXPが翌2月に公開し世界的バイラルへ
  • 2026年3月:Tremor Festival(ポルトガル・アゾレス諸島)でヨーロッパ・ツアー開幕

2026年ツアー・スケジュール(概要)

2026年ツアーは3月28日のポルトガル・アゾレス諸島、Tremorフェスティバルを皮切りに、4〜5月はケベック全土でのソールドアウト公演が続きます。5月以降はヨーロッパ(イギリス、フランス、ベルギー、ドイツ、イタリア、オランダ)、そして9月以降はアメリカ初公演が予定されています。

7月にはJack Whiteの北米ツアー・トロント公演(RBCアンフィシアター、7月14日)の前座を務めることが発表されました。同日にはトロントのMod Clubでのヘッドライン公演も予定されており、ファンの間で話題となっています。その後はGuelphのHillsideフェスティバル(7月19日)、そして7月26日には日本・新潟でのフジロック・フェスティバルへの出演も予定されています。

日本のファンにとっても、いよいよ生で体験できる機会が訪れます。


「なぜ今、ウケているのか」——音楽評論家の見解

Northeastern大学の音楽専門家は、Angine de Poitrineのバイラル現象を「明らかにAIには模倣できないもの」へのシンボルと分析しています。「聴衆が求めているのは徹底的に人間的なもの——ニッチで、フリークカルチャーで、友達のあの変な部分みたいな、皆と違うから好きになれるものです」と述べています。

実際、KEXPの動画コメント欄には「これがAIに対する人間の唯一の勝ち方だ。ライブ音楽よ、永遠に」という言葉が最多高評価コメントのひとつとして残っています。

ダダイズムはそもそも戦争と現代生活の重さへの反動として生まれましたが、その精神を更新したAnge de Poitrineの音楽は、AIが生成する均質な音楽に倦んだ新世代のリスナーたちにとって、一種の「解毒剤」として機能しているとも評されています。


まとめ

Angine de Poitrineは、「地元のジョーク」から生まれた匿名デュオが、独自の音楽的ビジョンと圧倒的なライブ体験を武器に、世界の音楽シーンを突き動かしている稀有な例です。マイクロトーナル・ギター、複雑なリズム、儀式的な演出、完全な匿名性——これらすべてが組み合わさって、「ジャンルを超えた体験」を生み出しています。

セカンドアルバム Vol. II のリリースと世界ツアーの真っ只中にある今、Angine de Poitrineの物語はまだ始まったばかりです。フジロックへの出演も予定されているため、日本でその音楽を体験できる機会もすぐそこまで来ています。ぜひ一度、あの謎めいた水玉模様の2人組のライブを体験してみてください。


参考サイト

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