パンク精神が消失していった 30 年: わたしの平成音楽史 (リスナー編)

平成の音楽を振り返ってみる, というとき, 歴史的にできるだけ客観して捉えてみる, というのは, どうせ誰かがそのうちやるだろうから, どうせなら, 個人の記録として, 自分はこういうのを聴いてきたよ, という記録を振り返ってみたいと思いました. どう頑張っても, 歴史の専門家でもない限り, 主観的な要素は排除できませんので, そうであれば, 思いっきり主観寄りにした方が面白いんじゃないか, ということ. で,「わたしの平成音楽史」の「リスナー編」です.

「平成音楽史」ということですので, 日本の音楽に限定します. 洋楽ポピュラー音楽といった日本国内発祥ではない音楽, あるいは, クラシックといった同時代的でない音楽は, 今回はできるだけ取り上げませんでした.

目次

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リスナー以前

自分は, ミレニアル世代ということで, 物心着いたら平成になっていました. 音楽を自発的に聴き始めた時期も, すでに平成でした. この頃は, 出身地, 東京からかなり離れた, 地方都市に住んでいました. いまも出身地に住んでますけど (笑).

小学生の頃, 姉がレンタルビデオショップで借りてきた 8 cm CD をカセットに録音していて, それを聴いているうちに, あー, これいいなー, て思うようになった音楽が, J-POP 中心なんですが, ありまして, それが自発的に音楽を聴き始めた最初だったと記憶しています (厳密に言うと, 幼稚園生くらいの頃, 戦隊ヒーローなどの主題歌をめっちゃ歌ってた記憶があるんですが, この点については省きます). この頃, 印象に残ってたのは, JUDY AND MARY とか Chara とかですかね.

Chara は小学生ながら衝撃的でした (笑). 確か「やさしい気持ち」だったと思います.

奥田民生と Mr. Children

それから, 中学生に入ったあと, 自分で, 小遣いで CD を買うようになるんですけど, そのときにファンになって, いまでもファンなのは, 奥田民生と Mr.Children ですね.

当時, 奥田民生は『股旅』, ミスチルは『BORELO』をリリースしていたと思います.

どちらも, 愛だの恋だのと言ったテーマではない歌詞がとにかく好きでした. 奥田民生は, 当時, 小室系が徐々に下火になりつつあるなかで, ビジュアル系 (GLAY, L’Arc〜en〜Ciel) が台頭し始めた時期だったんですけど, そういった流行とはちょっと違う, 肩の力の抜けたサウンドも好みでした. いまも好みですね.

同時期, 日本のメロコア, Hi-Standard なんかも, 都会では流行っていたようですけど, 自分の住んでいる田舎までは, なかなか, 伝播するのが遅かったですね (笑)

スペースシャワー TV の影響

それでも, 家にスペースシャワー TV とか, そういう「ケーブルテレビ文化」が入ってきて, ミュージック・ビデオなんかをよく, 休みの日に観るようになって, そんななかで中学の終わりから高校にかけて, 同時代的によく聴くようになったのが, Dragon Ash, スーパーカー, Number Girl, 椎名林檎, eastern youth ら辺でした.

世間では, 小室ブームはとっくに終了し, ビジュアル系もやや下火になりつつあるなか, まあ, Dragon Ash もそうでしたけど, 宇多田ヒカル, モーニング娘。, あと, 浜崎あゆみ, それから, 青春パンク・ブーム, ゆずに代表される平成フォークなどなどが流行っていたと記憶しています. あとサザンオールスターズの復活. 『ウンナンのホントコ!』内のコーナーだった「未来日記」のテーマソングが「TSUNAMI」でしたね.

あまりこの頃は, R&B の良さが分からず, 宇多田ヒカルは聴いてなかったですね. ていうかめちゃくちゃ流行りましたから. だから, 流行しているものは聴かない! スタンスで聴きませんでした.

ミニマルテクノの衝撃

中学, 高校の頃の音楽情報は, スペースシャワー TV と, あとはもっぱら雑誌からで. インターネットもありましたけど, 掲示板 = BBS で, 名前もかも知らない人とミスチルのどの曲がイチバンか, みたいなのの激論を交わしたりですね, そういうのがメインでしたね. 高校から『ロッキングオンジャパン』とか, 『スヌーザー』とか読み始めまして.

それで, スヌーザーの年間ベストの 1 位に田中フミヤが選ばれてまして. それで, どういった音楽なのかと思って聴いたら, もうすんごい衝撃を受けましたね (笑) なんだこれはと (笑). そこから, ミニマルテクノなんかへはまっていくわけです.

エレクトロニカへの傾倒、そして日本の音楽を聴かなくなった

それで, 90 年代も終わって, 新世紀だ, ていうのが高校生くらいだったんですけど, その後, 大学進学を機に上京しまして.

そこから, まあ, 雑誌の世界がですね, 目の前に広がってるわけですよ (笑) フジロックは遠くて, なかなか, 確か大学 3 年か 4 年かのときに初めて行ったと思うんですけど, とりあえずね, 田中フミヤが出る! ていうことで, WIRE に行きましたよね.

そこで, DJ のカッコよさに衝撃を受けて, DJ を始めたわけです.

ですので, これ以降は, 日本の, J-POP とか, ロックとかていうのを一生懸命追いかけなくなりましたね.

テクノから, 大学の友達の影響でヒップホップとか, あと, 大学院にも進学したんですけど, クラシックとかジャズとかも聴くようになって, あんまり, 同時代の日本のポピュラー音楽の印象は…, この頃は薄いですね.

世間的には, ロックだと下北系とか流行って, RADWIMPS とかも出てきて〜, て感じで, もうその後は, いわゆるロキノン系はよく分からないですね.

そういったなかでも, いくつか, 日本のポピュラー音楽で, いま振り返って印象的だったのは, この, ゼロ年代ですよね. ゼロ年代の時期は…, たとえばエレクトロニカですね. Rei Harakami, 高木正勝. あと, エレクトロニカではないんですけど, 同時期に似たようなカテゴリーに分類されたなかでめっちゃはまったのが山本精一『Crown of Fuzzy Groove』. これはですね, いまでも自分史上最高のアルバムのうちの 1 枚ですね.

それから, ジャズを聴き始めたのは, 大学院生からで, 当時, しょっぼいバンドをしてたんですけど, 音楽理論を勉強したいな〜, と思って,『Sound & Recording』誌にすすめられていた菊地成孔『憂鬱と官能を教えた学校』を読んだんですね. それがもう, 当時の自分にとってはすごく面白くて, その影響で, 菊地成孔は一時期すごくはまってました.

音楽フェスは, そこそこ行きましたね. WIRE が初めてで, エレグラとか. フジロックはもう何回も行きましたし, あと, 小規模のものであれば, RAW LIFE とか. 懐かしい! 渚とかにも遊びに行きましたね.

アニソンとの出会い

それで, ゼロ年代は, 大学〜大学院, そして就職と, 東京で過ごすんですけど, ゼロ年代後半から徐々に, 世間に浸透し始めたのが, オタクカルチャーで. 自分もはまりまして, そこからはアニソンを聴くようになりましたね.

最初は例によって例のごとく『けいおん!』だったんですけど, あとは,『ゆるゆり』ですね.
同時期, 初音ミクも登場しまして. でも, 自分はけっきょくこの, ボカロカルチャーにはいまいち馴染めませんでしたね. いまでもそうですけど. ボーカロイドで楽曲を制作するのは好きです.

初音ミク流行前夜, 元気ロケッツとか Q;indivi みたいなエレクト系のポピュラー音楽がブームになって, その辺はけっこう好きだったんですけど, そういう系は全部, 初音ミクにとって代わられてしまって, けっこう残念です.

日本語ラップの再発見

2010 年代には, 東京にいるのにも飽きて, 地元に帰ってきました.

日本の音楽で聴いていたのは, アニソンは相変わらず聴いてました. あとは, 中学・高校の頃に好きだった日本のミュージシャンの新作が出たらチェックする程度で, 日本人の新人の音楽はあまりチェックしてなかったんですが…

ボーカロイドを買いまして, その当時はあまり, カッコいいボカロを使ったヒップホップというのがなかったんで, それで, 作ろうと, 思って, 改めて, 日本のヒップホップを聴き始めた, 過去のも含めて, ていうのが, ここ, 3, 4 年の話ですかね. K DUB SHINE とか,『凶気の桜』の頃とかは, 何がいいのか全然分からなかったんですけど, 改めてしっかり聴いて, いまはめちゃくちゃ好きですね. あとは日本人だと KOHH, それから, 般若ですね.

2018 年は質の高い日本のポピュラー音楽が多かった

去年, 2018 年は, 日本人のミュージシャンの作品の当たり年だったと思います.

だいたい, 海外で 3 年くらい前にメインストリームになった音楽を, 日本人が 3 年かけて日本流にする, ていうのが, 日本のポピュラー音楽のありがちなパターンだと思うんですけど, 去年は, そういうのが一気に花開いた感じがあります.

三浦大知, 高岩遼, Elle Teresa, 中村佳穂は昨年リリースされた日本人の作品のなかでも特にお気に入りです.

平成はパンク精神が徐々に消失していった 30 年

さて, ざっと平成, どんな音楽を個人的に聴いてきたかを紹介しましたが, ここで自分なりに, 平成の日本のポピュラー音楽シーンへの印象をまとめてみたいと思います.

簡潔に言えば,「パンク精神の消失」です.

これは何か, 特別な出来事をきっかけに起こったわけではなく, 音楽をとりまく環境, 特に制作環境および情報収拾環境が徐々に, 発展していくなかで, 徐々にパンク精神が失われていった. そう考えられます.

とは言え, 初音ミクの登場はやはりデカいかもしれません (後述).

2000 年代半ばまでは, まだ, パンク, あるいはグランジ, もう少し広くとれば, オルタナの精神が, 音楽シーンで活きていたと記憶しています.

これは精神的な・アティテュードの問題で, 実際にサウンドがパンクロックに分類できるかどうかということではありません.

ここで言うパンク精神とはどういうこと言うと, もちろん, 反抗心のようなものであるんですが, これも, 実際に暴力的な歌詞内容であったりする必要はなく, 広く,「カウンター」的な在り方といった意味です.

では,「カウンター」的な在り方が, 実際に, 音楽にどのように現れていたかというと, そこまで演奏が上手くない, けど, なぜかセンスが良い (と, プロモーション側が仕掛ける) といった音楽. こういった音楽が, 平成の半ばくらいまではけっこう受け入れらていましたが, 平成が終わりに近くにつれて, どんどん少なくなっていったという印象があります.

こういった「センスが良いように思わせる」音楽の何が良いかと言うと, 練習に一生懸命になる必要がなく,「自分でもできそう!」と思えるところ, 音楽への参加の間口を広げているところですよね.

スーパーカーなんてその好例ですし, Number Girl は演奏は上手ですが歌はめちゃくちゃでした. また, 信じられないかもしれませんが, Bump of Chicken も Dragon Ash も, 出たての頃はけっこう演奏ぐちゃぐちゃでした.

それでも何かカッコいい, 自分でもできるんじゃないか, と思って, ギターを手にし, 音楽が始まるわけですね.

それが, DAW が発展・普及することで, 演奏はそこまで上手ではないけど, 緻密な楽曲の制作が, 個人でも可能になった. そして, インターネットの普及により, 誰でも, 作曲の方法を手軽に知れるようになった. 楽曲の発表も, インターネットで簡単に行えるようになった. その結果, アマチュアでも (音響面は別にして) ハイクオリティーが求められるようになり, 精神的・思想的なレベルでの「パンク」は徐々に駆逐されていった…

このきっかけとして, 初音ミクの存在はデカかかったはずです.

確かに, テクニックがしっかり評価される状況の方が健全と言えば健全です. 大して演奏も上手くないのに, メディアが持ち上げて一部サブカル (「サブカル」という概念も, 平成の終わりの現在, かなり活力が失われているように思うのですが, いかがでしょうか) から支持を集めるようなビジネスモデルは, 健全ではなかったのかもしれません.

とは言え, 少し寂しいですね.

いまいちばんパンク精神に近いのは, サウンドクラウド・ラップ周辺でしょう. パンク精神の体現という役割を担うジャンルとして, ロックは現状ダメですね. XXXTentacion や Lil Pump, あるいは 6ix9ine といった新世代のどーしよーもない (褒め言葉です) ラッパーたちを, 日本のミュージシャンがどう取り入れていくのか. 6ix9ine は「パンク・ラップ」なんてジャンル分けされることもあるようです. パンク精神の復活は, ここにかかっているかもしれません.

35 歳で新しい音楽を聴かなくなる? 嘘だね!

さて. 令和の時代はどんな音楽に出会えるのでしょうか.

「人は歳をとったら新しい音楽を聴かなくなる」と統計的に言われていますが, 自分の場合はどうやら, さいわいなことに例外なようでして. 新しい日本の時代の, 新しい日本の音楽をもう本当に楽しみにしています.

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