戦争の中で、音楽はどのような役割を果たすのでしょうか？音楽が戦争において単なる娯楽や背景音に留まらず、時にはプロパガンダの手段として、また時には国民の士気を高めるためのツールとして利用されることがあります。この記事では、戦時下における音楽の役割を探るための研究論文「Music in the times of war（戦時中の音楽）」を紹介し、その詳細を紐解いていきます。
・参考: Music in the times of war (2024)
論文の背景と目的
「Music in the times of war」というタイトルのこの論文は、スウェーデンのエレブロ大学に所属するNino Tabeshadze 氏が執筆したものです。この論文では、ウクライナとロシアの戦争が音楽に与える影響をケーススタディとして取り上げ、特にプロパガンダ音楽がアイデンティティ形成に与える影響を探求しています。著者は、この研究を通じて、戦争という社会現象がどのように音楽の創作や生産に影響を及ぼすか、またその音楽が社会にどのように影響を与えるかを明らかにしようとしています。
研究の目的と方法論
この論文の主な目的は、ウクライナとロシアの戦争音楽がどのようにプロパガンダとして利用されているか、そしてそれが両国の国民のアイデンティティ形成にどのような影響を与えているかを探ることです。研究方法としては、定性的なケーススタディが採用されており、ウクライナとロシアの戦争音楽を事例として、音楽がどのようにプロパガンダのツールとして機能しているかを分析しています。
論文の冒頭では、音楽がいかに戦争の中で重要な役割を果たしてきたかが述べられています。第一次世界大戦や第二次世界大戦において、音楽は兵士たちの士気を高めるために、また国民の戦争支持を得るために利用されました。これに対して、現代の戦争、特にウクライナとロシアの戦争においても、音楽が同様の役割を果たしていることが本論文で論じられています。
ウクライナにおける戦争音楽の役割
まず、ウクライナにおける戦争音楽の役割について見ていきましょう。ウクライナでは、ロシアの侵攻に対する抵抗の一環として、音楽が積極的に利用されています。特に注目すべきは、音楽が単なる娯楽ではなく、プロパガンダや国民の士気を高めるためのツールとして活用されている点です。
論文によれば、ウクライナの音楽シーンは戦争の影響を強く受けており、特にプロパガンダ音楽としての役割が顕著です。ウクライナのラジオ局では、戦争に関連する曲が頻繁に流されており、これらの曲は兵士たちや市民の士気を高めるために重要な役割を果たしています。例えば、「Байрактар」（バイラクタル）という曲は、ウクライナ軍が使用するドローンの名前を冠しており、その歌詞にはロシア軍に対する抵抗の意志が強く表現されています。この曲は、ウクライナ国防軍の公式YouTubeチャンネルで公開され、非常に多くの視聴回数を記録しています。
また、他の楽曲でも、戦争に関連するテーマが多く扱われており、戦争の現実やウクライナの人々の強い意志が反映されています。これらの音楽は、単なるエンターテイメントではなく、プロパガンダの一環として機能しており、国民の団結やアイデンティティの形成に寄与しています。
ロシアにおける戦争音楽の役割
一方、ロシアにおける戦争音楽もまた、プロパガンダとして積極的に利用されています。ロシアでは、国家主義的なメッセージを含む楽曲が多く制作されており、これらの楽曲は戦争支持のために利用されています。特に注目されるのは、「シャーマン」として知られるアーティスト、ヤロスラフ・ユリエヴィッチ・ドロノフ Yaroslav Yuryevich Dronov の存在です。
シャーマンは、2022年2月23日にリリースされた「Встанем（立ち上がれ）」という曲で一躍有名になりました。この曲は、ロシアの「祖国防衛の日」に合わせてリリースされ、ロシア兵士たちの勇気と犠牲を称える内容となっています。さらに、「Я РУССКИЙ（私はロシア人）」という曲では、ロシア人としての誇りや国家主義的なメッセージが強調されており、この曲もまた非常に多くの視聴回数を記録しています。
シャーマンの楽曲は、ロシア政府からの強い支持を受けており、彼の音楽は国家主義的なプロパガンダとして機能しています。彼の楽曲は、ロシア国民の愛国心を鼓舞し、戦争支持を促すためのツールとして利用されています。シャーマンの成功は、戦争が音楽に与える影響を如実に示しており、戦争と音楽の関係性を考える上で非常に興味深い事例と言えるでしょう。
戦争音楽の持つ力とその社会的影響
本論文が示しているように、戦争と音楽は密接に関連しており、音楽は戦争において非常に強力な影響力を持ちます。音楽は、プロパガンダの手段として利用されるだけでなく、国民のアイデンティティ形成にも寄与します。特に、ウクライナとロシアの例からは、音楽が戦争の中でどのように利用されるか、またその利用が社会にどのような影響を与えるかが明確に示されています。
ウクライナでは、音楽が国民の抵抗意志を強化し、戦争に対する団結を促進するためのツールとして機能しています。ロシアでは、音楽が国家主義的なメッセージを広め、戦争支持を強化するために利用されています。いずれの国でも、音楽が単なる娯楽ではなく、社会的・政治的な役割を果たしていることが明らかです。
結論: 音楽が持つ力の再認識
戦争と音楽の関係を探るこの論文は、音楽が戦争において果たす重要な役割を再認識させるものであり、音楽が社会に与える影響について考えるための貴重な資料となっています。音楽は、戦争の中で国民の士気を高め、アイデンティティを形成するための強力なツールであり、その影響力は無視できないものです。
私たちが音楽を聴くとき、その背後にあるメッセージや社会的・政治的な影響を考えることは少ないかもしれません。しかし、この論文が示すように、音楽は単なるエンターテイメントではなく、戦争や社会現象に深く関与する強力なメディアであることを理解することが重要です。今後も、音楽が持つ力とその社会的影響について、より深く考えていく必要があるでしょう。
