畏敬、楽しみ、悲しみ: 音楽が喚起する三つの感情の科学

音楽が我々の道徳感情にどのように影響を及ぼすのか、そして、特定の音楽が畏敬、楽しみ、悲しみといった感情をどのように喚起するか、このテーマについて掘り下げてみましょう。音楽と感情の関係は、多くの研究者によって長年にわたり探求されていますが、最近の研究「道徳感情を喚起する音楽刺激の感情評価」(2024) では、音楽が個人の心理状態に及ぼす影響を新たな視角から評価しています。

【スポンサーリンク】
スポンサーリンク

「道徳感情を喚起する音楽刺激の感情評価」の概要

この研究は、異なる種類の音楽が人々の道徳感情をどのように刺激するかを探るものです。研究者たちは、特に畏敬、楽しみ、悲しみの感情を喚起するために選ばれた楽曲を使用し、その感情的影響を詳細に分析しました。

畏敬を喚起する音楽

畏敬の感情は、人間が自然の壮大さや芸術の傑作など、自分よりも大きな何かに直面したときに感じる感情です。この研究において、ベートーヴェンの「ピアノソナタ第8番ハ短調」が畏敬の感情を喚起するために使用されました。この選曲は、音楽がどのようにして我々の内面に深い感動を与え、高揚感を生み出すかを示す例として非常に適切です。

楽しみを喚起する音楽

楽しみは、心地よい経験や活動から得られるポジティブな感情です。ノエル・ポインターの「レインストーム」は、この研究で楽しみを喚起する音楽として選ばれました。この曲のリズミカルで軽快な音楽は、聴く人の心に明るさをもたらし、日常の喜びを感じさせることができます。

悲しみを喚起する音楽

悲しみは、失失や挫折を経験したときに感じる一般的な感情です。マーラーの「交響曲第5番アダージェット」は、深い悲しみを表現する音楽として使用され、そのゆったりとしたテンポと重厚な音色が、聴く人の心に強い感情移入を引き起こします。

研究方法と結果の評価

研究者たちは、参加者がこれらの楽曲を聴いた後の感情を評価するために、いくつかの心理測定スケールを使用しました。具体的には、畏敬の感情を測定するためにクレンザーが2018年に開発したスケールを利用し、さらに澤田らによって2022年に日本の文脈に合わせて適応されたバージョンを使用しました。このスケールは、畏敬感を引き起こす要素として、「驚き」「尊敬」「価値」などの感情的反応を定量化します。

また、楽しみと悲しみの感情は、一般的な感情評価スケールを用いて評価されました。これには、感情の強度や質を評価するための項目が含まれており、参加者にはそれぞれの感情がどれだけ強く感じられるか、またそれがポジティブなものかネガティブなものかを報告してもらいます。

これらのスケールを用いることで、研究者たちは音楽が人々の感情に具体的にどのような影響を与えるかを詳細に分析することが可能となりました。これにより、音楽が異なる種類の道徳感情を喚起するメカニズムをより深く理解する手がかりを得ることができました。

音楽と道徳感情の関連性

この研究は、音楽がただ楽しむためのものではなく、私たちの道徳感情を形成し、表現する手段としても機能することを示しています。音楽によって喚起される感情は、人々の道徳的判断や社会的行動に影響を与える可能性があり、この点において音楽の社会心理学的な役割は非常に重要です。

結論

音楽は人の心を動かす強力なツールであり、この研究を通じて、音楽が個々の道徳感情にどのように作用するかの理解が深まりました。これは、教育や治療の場においても応用可能な知見であり、今後の研究でさらに探求されるべきテーマです。

補論: 音楽と道徳的感情の関係性と古代哲学

ちなみに補論として。

音楽が人間の感情に及ぼす影響についての考察は、現代における科学的研究だけでなく、古代ギリシアの哲学者たちにも見られます。特にプラトンとアリストテレスは、音楽が感情を模倣する能力とその社会的価値の間の関連を深く探求しました。彼らの考え方には、音楽教育が市民に与える影響に対する広範な懸念が含まれており、音楽の変化が社会にどのような影響を及ぼすかについて警戒していました。

プラトンは、音楽が若者の教育に寄与すると同時に、社会の正しい機能に不可欠であると考えていましたが、音楽がもたらす危険性についても警鐘を鳴らしています。彼は、音楽が人間の表現行動、特に声に類似していると考え、音楽が勇気や節度といった感情を最もよく模倣すると述べました。これらの感情はドーリアンモードやフリギアンモードを通じて表現され、聴く者の倫理的教育に役立つとされました。

一方、アリストテレスは、音楽が感情を模倣することの価値をより洗練された形で論じています。彼は、音楽が感情的状態自体を模倣する能力を持ち、それによって聴く者の感情が動かされると考えました。このプロセスは、音楽が聴く者に与える快楽を通じて、道徳的に価値のある状態へと導くとされます。

このように、プラトンとアリストテレスの考え方は、音楽が個々の道徳感情にどのように作用するかを理解する上で貴重な洞察を提供しています。現代の研究「道徳感情を喚起する音楽刺激の感情評価」は、この長い歴史を持つテーマの現代版とも言えるもので、音楽が感情、特に道徳的感情に与える影響を科学的に検証しています。これにより、音楽の力が単に娯楽の範疇を超え、教育や社会的相互作用において重要な役割を果たすことが再確認されています。

【スポンサーリンク】
スポンサーリンク

シェアする

フォローする

関連コンテンツとスポンサーリンク

【関連コンテンツとスポンサーリンク】



【スポンサーリンク】
スポンサーリンク