西洋音楽史、バロックの13回目です。さて、バロック期には、チェンバロ cembalo やオルガン organ が、通奏低音楽器としてだけではなく、独奏楽器としても活躍しました。そして、独自の重要なジャンルと、音楽語法を形成しました。
1.チェンバロ
1-1.チェンバロの呼称
チェンバロは、フランス語でクラヴサン clavecin 、英語でハープシコード harpsichord と呼ばれていました。
ドイツ語のクラヴィーア Clavier は、チェンバロを初めとして、ピアノ・フォルテ piano forte やクラヴィコード Clavichord 、時にはオルガンまでも含んだ呼称でした。
なお、ピアノ・フォルテは、現在のピアノの前身となった楽器です。イタリアのクリストフォリ Bartolomeo Cristofori di Francesco が1709年、チェンバロを基礎に開発した楽器で、強弱の音が引き分けられたことから「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」gravecembalo col piano e forteと呼ばれました。
1-2.イタリア
イタリアでは、ローマのフレスコバルディ Girolamo Frescobaldi が、バロック初期に開発された多彩な表現法を鍵盤音楽に応用し、トッカータ、パルティータ(変奏曲)などの名作を残しました。
※トッカータ toccata: 主に鍵盤楽器による、速い走句 passage や細かな音形の変化などを伴った即興的な楽曲で、技巧的な表現が特徴です。toccata は動詞 toccare(触れる)に由来しています。オルガンやチェンバロの調子、調律を見るための試し弾きといった意味が由来です。
また、スカルラッティは600曲近いソナタを残しています。スカルラッティのソナタは、単一楽章で構成されていますが、イタリアでの2楽章ソナタの伝統に因り、「急-緩」の2曲が一対として演奏されたのではないか、とも言われています。
スカルラッティの仕えたスペイン宮廷には、2台のピアノ・フォルテがありましたので、ソナタの一部はピアノ・フォルテのために書かれました。
1-3.フランス
フランスのクラヴサン音楽は、独特のジャンルを形成しました。
その中心になるのは、オルドル ordresと呼ばれる組曲です。オルドルは舞曲と性格的小品から構成され、詩的な、あるいは気の利いた標題がつけられています。オルドルの作品を演奏する際には、即興性が重視されました。用いられたのは、不等奏法 = イネガル奏法と呼ばれる、均等な長さで記譜された音符を、微妙な長短・短長で演奏する奏法です。
また、リュートに由来し、音高だけが記された楽譜を奏者がリズムやフレーズを付けて奏する「ノン・ムジュレ」non mesuré のプレリュードもまた、フランスの伝統になっています。
活躍した作曲家としては、
- シャンボニエール Jacques Champion de Chambonnières
- ダングルベール Jean-Henri d’Anglebert
- L.クープラン
- F.クープラン(大クープラン)François Couperin
- ラモー Jean-Philippe Rameau
らが挙げられます。
このなかでも、F.クープランの4巻のオルドルが、優れたクラヴサン音楽として挙げられます。
1-4.ドイツ
ドイツでは先ず、フローベルガー Johann Jakob Froberger が、クラヴィーア古典組曲の成立に貢献しました。フローベルガーは、フレスコバルディ に師事し、ウィーンの宮廷オルガニストを務め、リュート組曲の伝統や、クラヴサン音楽を取り入れることで、クラヴィーア組曲を成立させたそうです。
・Froberger Suite XII Lamento Leonhardt Harpsichord Clavicembalo Clavecin
またフィッシャー Johann Caspar Ferdinand Fischer は、バッハ Johann Sebastian Bach《平均律クラヴィーア曲集》 Das Wohltemperirte Clavier に先行して、20の調による前奏曲とフーガ、《音楽のアリアドネ》Ariadne musicaを作曲しました。
さらにまた、クーナウ Johann Kuhnau はドイツのクラヴィーア・ソナタの生みの親と言われています。彼はライプツィヒの聖トーマス教会のバッハの前任者で、イタリアのトリオ・ソナタをチェンバロに移しました。
また、クーナウの《聖書ソナタ》では、旧約聖書のなかの物語の場面が、音楽で表現されています。
2.オルガン
2-1.ドイツ
バロック初期のオルガン音楽の作曲家は、
- フレスコバルディ(イタリア)
- スヴェーリンク Jan Pieterszoon Sweelinck(ネーデルランド)
です。
また、スヴェーリンクの弟子であった
- シャイト Samuel Scheidt
- シャイデマン Heinrich Scheidemann
は、
- ラインケン Johann Adam Reincken
- ブクステフーデ Dieterich Buxtehude
らとともに北ドイツオルガン楽派を形成しました。
また、フレスコバルディに師事したフローベルガーは、ウィーンを中心に南ドイツのオルガン音楽を発展させました。
この「北ドイツオルガン楽派」と、フローベルガーの流れは、バッハとヘンデルに受け継がれました。
ファンタジー、トッカータ、変奏曲の他に、プロテスタントにおいては、コラール編曲が作曲されました。
コラール編曲とは、ルターらが唱道した、単旋律の宗教歌曲(コラール)の旋律を用いて作曲したものです。コラール・プレリュード、コラールモラット、コラール・ファンタジー、コラール・パルティータなどがあります。
2-2.フランス
フランスでは、
- クープラン一族
- マルシャン Louis Marchand
- シャンパルティエ Marc-Antoine Charpentier
らによって、オルガン音楽がドイツに劣らぬほど発展したと言われています。
【参考文献】
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』