即興、あるいは創作/改竄

金澤正剛『新版 古楽のすすめ』(2010年、音楽之友社)の第十二章を読みながら、古楽について学んでいるところです。当エントリーで、『~ 古楽のすすめ』のノートは終わりになる予定です。第十二章については、以下も参考にしてください。

なお引用文は、特に断りのない限り、同書からになります。

さて、第十二章では、古楽における即興演奏がテーマになっています。現在、古楽を演奏する際に、「大切なこと」ことは何なのでしょうか。

「クレマンシック・コンソートや、トーマン・ビンクレーが主催するミュンヘン古楽スタジオ(日本では「ルネサンス合奏団」という名で紹介された)に始まるこの種の即興演奏には、それ独特の魅力があることは誰も否めないであろう。ただし、それが果たして歴史的に正しいかどうかとなると、話はまた別である」(p. 251)

「大切なことは、どこまでがはっきりと実証された資料にもとづくもので、どこからが新しい創作なのかを明確にしておくことである。それさえはっきりしとしていれば、あとは思い切りあれこれと試みるのもよいのではないだろうか。毎回の演奏が新鮮で、生き生きとしたものになるのである。そして、それこそが即興演奏の最大の魅力なのではないだろうか」(p. 252)

「歴史的に正しい」音楽表現が、その人の音楽行為の目的であれば、それが完全には不可能ではあれ、努めるべきであろう。重要なのは、音楽家が行為の対象としている音楽に対して、どれほど正しい(誠実な?)態度であるべきなのか、ということなのかもしれない———。あれ? こういう考え方、前にもしたような気がします(笑)

音楽(もしくは芸術、もしかして人間活動全体?)には、倫理と切っても切れない要素があるのかもしれません。

すみません、曲解ですね(笑) しかも単なる思い付き(笑)


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