今年 2 月に出版された、ヒップホップの革命児ともいえるJ Dillaの生涯と音楽的革新について深く掘り下げた書籍、『Dilla Time』【Amazon】。以前、本ブログでは本書の「はじめに」にあたる部分を取り上げましたが、本記事では、J Dillaがどのようにして音楽のリズムを再定義し、その影響がいかに広がったかを解説した「Wrong」の章の内容を紹介します。
「間違い」として捉えられた J Dilla のリズム
「Wrong」の章では、J Dillaのビートがいかにして既存のリズムの枠組みを超えたものと評価されたかが詳細に描かれています。ただ、章のタイトルに示されるように、当初彼のリズムは「間違い(Wrong)」とされました。しかし、それが後に音楽の新たな可能性として受け入れられる過程が語られています。
Questloveの「衝撃的な出会い」
1994年、The Rootsのドラマーであり音楽界の巨匠であるQuestlove(Ahmir Thompson)は、Pharcydeのライブで初めて J Dilla のビートに触れました。J Dilla がプロデュースした「Bullshit」という楽曲は、従来のポピュラー音楽が提供する安定したリズムとは全く異なるものでした。
特に注目すべきは、バックビート(2拍目と4拍目)の「遅れ」と、キックドラムの予測不能な位置です。この「不安定さ」が初めはQuestloveに「赤ん坊が酔っ払ってドラムマシンを操作しているよう」と感じさせた一方で、その斬新さに彼は興奮を覚えました。
エンジニアBob Powerの困惑と発見
A Tribe Called Questの録音エンジニアであったBob Powerもまた、J Dillaのリズムを「乱雑」だと感じました。しかし、そのリズムの「乱れ」が計算され尽くした意図的なものであることに次第に気づきます。この「Wrong」とも形容されるビートが、新たな音楽の可能性を示していたのです。
D’Angeloとの共鳴とリズムの追求
1997年、D’Angeloのアルバム制作の現場では、J Dillaの影響がさらに深まります。このセッションにはQuestloveやJames Poyserなど、のちにSoulquariansと呼ばれるミュージシャンが参加していました。J Dillaのリズムに触れた彼らは、完璧なタイミングに縛られない「人間らしい」音楽表現を追求しました。
ベーシストのPino Palladinoは、J Dillaが生み出す「ずれ」や「揺らぎ」を取り入れることに戸惑いながらも、それが音楽に新たな感情と深みを与えると認識しました。このアプローチは、のちに多くのミュージシャンに影響を与えました。
J Dillaの制作スタイル:秩序と革新の融合
J Dillaのリズムが「乱雑」と表現された背景には、彼の几帳面さと秩序だった制作スタイルが隠されています。「Wrong」の章では、彼のスタジオでの生活や作業風景が詳述されています。
- 毎朝7時に起きてスタジオを掃除する。
- レコードを丸ごと聴き、サンプリングの素材を探す。
- 午前中に次々と「ビート」を制作し、午後にはミュージシャンと交流。
- 夜にはさらに制作を続けるか、リフレッシュに出かける。
この徹底したルーティンから生まれた音楽は、偶然の産物ではなく、意図的に設計されたものだったのです。
「間違い」から生まれる音楽の新たな地平
J Dillaのリズムは、当初「間違い(Wrong)」と見なされながらも、後に音楽界で「革新」と評価されるに至りました。この章では、J Dillaがいかにして聴衆やミュージシャンの「リズムの期待」を覆し、新たな音楽的地平を切り開いたかが描かれています。
彼の音楽は、単なる技術や感性ではなく、それらが高度に融合したものでした。完璧さを求める現代の音楽制作において、「人間らしい」揺らぎや不完全さを音楽的美学として提示したJ Dillaの功績は、今なお多くのミュージシャンにインスピレーションを与え続けています。
本ブログでは引き続き、『Dilla Time』の内容を紹介していきます。