音楽を聴くとき、私たちは何を感じ、何を求めているのでしょうか。ある音楽が単なる音の連なり以上の「何か」を届けてくれると感じる瞬間があるのではないでしょうか？ J. Rimas ら「The Transcendent Quality of a Musical Work」(2024) 【Amazon】によれば、音楽作品には表面的な音の響きに留まらない、深い超越的な質が宿っているとされています。この論文では、音楽の持つ表現力や、聴き手に与える影響について、哲学的な視点から掘り下げられています。
音楽作品における「表現」とは？
「The Transcendent Quality of a Musical Work」ではまず、音楽作品が「表現」として成り立つことについて触れられています。あらゆる人間の行為は、何らかの目標や意図を持って行われ、それぞれの行為者の特質が作品に反映されると述べています。特に音楽は、単なる作曲や演奏の技術だけではなく、作曲者や演奏者が持つ個人的な意図や思いが反映され、リスナーに伝えられる「表現行為」であるとされています。
「表現」とは、内面的な意味が外に現れるものと定義されています。たとえばデリダ（Jacques Derrida）は、表現は「意味を帯びた印」であり、外に表現される前に「内面」で発見されると述べています。この内面的な意味が表現を通じて「外在化」され、音楽作品がリスナーにとって深い意味を持つものへと変わるのです。
「解釈」を通じた音楽作品の新たな側面の発見
音楽作品は、それ自体が完成されたものではなく、解釈者によって初めて新たな側面が引き出されます。この論文によると、音楽作品は「解釈」を待ち望んでおり、その解釈によって音楽が持つ「もう一つの何か」に近づくことができるとされています。解釈の目的は、単に楽譜を音に変換するだけでなく、作品の「芸術的な本質」を引き出し、聴き手に「超越的な体験」を提供することにあります。
ハイデガー（Martin Heidegger）もまた、芸術作品が持つ「超越的な構造」を論じ、解釈者が音楽作品を通じて別の次元に「飛躍」することができると述べています。ハイデガーの観点によれば、この「超越」は主体性の本質的な構造であり、音楽作品は解釈を通じて、その存在を異なる形で表現することができるのです。
音楽と超越: 感覚を超えた存在への飛躍
「超越」（transcendence）という概念は、ラテン語の「超える」という意味の「transcendere」に由来し、現実世界を超えて別の次元に至ることを指します。論文では、芸術作品を鑑賞する際、聴き手が現実の枠を超えた体験をすることについて語られています。音楽作品に対する知的で想像的な解釈は、その作品を「異なる存在の形態」に変える「飛躍」としての意味を持ち、作品と鑑賞者が相互に影響し合いながらその価値を高めていくとされています。
音楽学の知識と「生きた」分析の重要性
さらに、「The Transcendent Quality of a Musical Work」は音楽学的知識が、作品の外面的な形状だけに留まらない「生きた」分析の重要性についても言及しています。音楽学者が形式的な分析にのみ注力すると、作品に込められた感情や内面的な意味が見失われることがあるとされています。しかし、知識と経験を活かした「生きた」分析は、作品の内的な世界に触れ、リスナーに深い感動を与えることができると述べられています。
経験と知識の相互作用による深い音楽理解
この「「The Transcendent Quality of a Musical Work」」ではまた、経験が個人の知識や価値観に基づき、個々の意味を生み出すシステムであると論じています。例えば、音楽作品の解釈において、演奏者は自身の経験や知識を通して作品を再解釈し、新たな価値を付加していきます。このようにして、演奏者は音楽作品と「外に向かって聞く（hearing outwards）」という形で向き合い、その作品の新たな側面を発見し続けます。
結論: 音楽作品の持つ「超越的な」の価値
音楽作品は、単なる楽譜や音符の組み合わせにとどまらず、解釈や聴き手との対話を通じて、深い意味と価値を持つ「超越性」を備えています。「The Transcendent Quality of a Musical Work」に示されているように、音楽はその解釈を通じて、リスナーを新たな感覚の次元へと導き、単なる鑑賞体験を超えた豊かな価値を提供します。音楽が持つこの「超越的な質」を理解することで、私たちは音楽をより深く楽しむことができるでしょう。
