西洋音楽史、ロマン主義の14回目です。民族的特色の芸術は、古くから存在していました。しかし、自覚的に自らのルーツを探究し、芸術表現に盛り込もうという民族意識の高揚がヨーロッパにおいて広がるという現象が、19世紀前半に始まります。このような民族主義的傾向は、ロマン主義の特徴の1つです。
広義では、ワーグナー Wilhelm Richard Wagner におけるドイツ民族的自意識、フランスにおける国民音楽教会の設立、ショパン Fryderyk Franciszek Chopinにおけるポーランドへの愛国心なども含まれるかもしれません。しかし、日本の音楽用語における「国民主義」、あるいは「国民楽派」は、ドイツやフランス、イタリアなどとは別に、或る特定の地域の音楽における運動を指します。
1.国民楽派
日本の音楽用語における国民楽派とは、
- ロシア
- 東ヨーロッパ
- 北ヨーロッパ
などにおいて、ドイツ、フランス、イタリアからの影響を受けつつ、自国の民族音楽を芸術音楽へ発展させようとした運動を指します。
なお、「民族主義」という語は多くの場合、20世紀以降の、非ヨーロッパ民族を中心に隆盛した政治的・文化的独立運動と結びついた音楽を指します。
2.特徴
国民楽派といっても様々な水準があり、一括りにその音楽的特徴を説明するのは簡単ではありません。
最も単純な例としては、民謡の旋律・民俗舞曲のリズム(あるいはこれらに似た素材)を用いて作曲し、民族的特徴を作品の中に表現する、という方法があります。
高度な例としては、古典的な作曲技法を基礎にし、民族に固有の音階や旋律法などを処理して用いる、という方法もありました。
さらに徹底した例は、厳密な分析を通して民族音楽に独特の原理を引き出し、それを西ヨーロッパ的な音楽語法と融合させる、という方法です。
3.音楽家
非常に多くの音楽家が、国民楽派と呼ばれています。
3−1.ロシア
3−1−1.五人組
ロシアでは、五人組 Могучая кучкаと呼ばれる作曲家グループがありました。批評家スタソフ Влади́мир Васи́льевич Ста́сов 指導の下、
- ボロディン Алекса́ндр Порфи́рьевич Бороди́н
- キュイ Цезарь Антонович Кюи
- バラキレフ Милий Алексеевич Балакирев
- ムソルグスキー Моде́ст Петро́вич Му́соргский
- リムスキー=コルサコフ Николай Андреевич Римский-Корсаков
がメンバーでした。
このうち、最も徹底して国民楽派的な信条を貫いたのは、ムソルグスキーでした。
3−1−2.チャイコフスキー
五人組よりも洗練した作風を示したのは、チャイコフスキー Пётр Ильич Чайковский でした。ロシアの特色を普遍性の高い様式で表現しました。
- 《白鳥の湖》Лебединое озеро
3−2.チェコ
チェコの国民楽派の代表は、スメタナ Bedřich Smetana とドヴォルザーク Antonín Leopold Dvořák です。
スメタナは、オペラで標題音楽的な器楽曲で才能を発揮しました。
ドヴォルザークは《スラブ舞曲集》Slovanský tanec 第1集で国際的名声を確立しまし、交響曲や室内楽で傑作を残しました。
3−3.その他の地域
その他、
- グリーグ Edvard Hagerup Grieg (ノルウェー)
- ネルセン Carl August Nielsen(デンマーク)
- アルベニス Isaac Manuel Francisco Albéniz y Pascual(スペイン)
- グラナドス Enrique Granados y Campiña(スペイン)
らが、国民楽派として活躍しました。
【参考文献】
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』