売るための音楽?


Aduer Times に、「技術はコンテンツに対し中立でいられるのか? ~CD1枚74分とサビ頭ポップソングにその真髄を見る~」(田端 信太郎(コンデナスト・デジタル カントリーマネージャー) 2012年3月26日) という記事がアップされていました。

内容は、CD の収録時間のトリビア(カラヤン演奏のベートーヴェン第九が収録されるように収録時間が 74 分になった、という例のアレ)を例にとりながら、録音メディアとポピュラー音楽を中心にした音楽作品の在り方についてです。そして結論としては、音楽に限らず広く表現、いや、それに限らず商品というものには、商品それ自体以外の、それを取り巻く環境が、売れる/売れない(というか、どういうふうに売りたいのか)へ大きな影響を与えている、ということらしいです。

商品を売るためのメッセージ論としては、入門としてなかなか参考になります。例えば、スターバックスね、あれ。大崎ゲートシティーのスターバックスが好きで、よく利用するんだけど、PC 利用席の狭さ(笑)、あれ、さっさと出ろ、と言いたいということなんですよ。あと、すっげーふかふかのソファーのテーブルの低さ(笑)、あれも、ここでモノ書くなよ、と言いたいと。そんで、ちょうどいい高さのイス、テーブルはカッチカチに固い。「ゆっくりしていってね」と見せかけて、かなりあざとい消費者へのアピールになっている。

それはさておき、いや、本当に別にどうでもいいんで、そういうことは。これを音楽の方に当てはめると、どうしても、やはり売れる音楽至上主義になるというか、こういう言い方がダメであれば、ネームバリュー至上主義になってしまう。

またコレに対して、売れる音楽が絶対良いとは言えないけれども、という反論が常にあって、さらに再反論として、「だったらまず売れてみろ」という意見があって、この手の話というのは、常に水掛け論になって、もうやめませんかね。

はっきり言って、売れるための音楽とか、音楽を売るとか、そういうものは表現活動にとって副次的なものです。

こういう記事を読んで、それに感化されると、「売るために活動していないから音楽に対して本気出していない」みたいな意見も出てくるかもしれないけど、何と貧しい考え方なんでしょう。と。

もっと、音楽だけではなくて、(まあ、音楽が現状、もっとも身近に手に入る芸術(芸術という単語はキライなんだけど)商品なので、どうしても話題の中心に挙るのだけど)、表現活動全体について、人を集めるとか、売るとか、そういうのを取っ払った 自 分  の た め だ け の そ れ という考え方が広まれば良いと思う。そして、自 分 の た め だ け に 活動をしている人々が、もっと、どう言えば良いんでしょうか、胸を張って「活動しているんだ!」と言えるようになればいいのに。

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