西洋音楽史、20世紀前半の8回目です。前回はコチラ。
1.新古典主義
新古典主義は、第1次世界大戦直前の、危機的な風潮を嫌い、その反動として生まれました。ここで言う「危機的な風潮」とは、例えば表現主義ですが、漠然とした印象主義や、象徴主義 symbolisme も含まれます。
新古典主義の音楽理念は、簡素な旋律、簡素な形式による明朗な音楽を標榜することにありました。その第一歩としてストラヴィンスキー И́горь Фёдорович Страви́нский が《プルチネッラ》Pulcinella を発表します。
《プルチネッラ》は、18世紀イタリア音楽を発掘して素材とした作品です。旋律とバスの輪郭をくっきり残しながら、ホモフォニックな和声付けがされていて、《春の祭典》 Le sacre du printemps に代表される原始主義からの大転換でした。
2.六人組
1920年のパリでは、サティを精神的なモデルとする「六人組」Les Six が結成されました。
メンバーは、
- オーリック Louis Durey
- デュレー Louis Durey
- オネゲル Arthur Honegger
- ミヨー Darius Milhaud
- プーランク Francis Poulenc
- タイユフェール Germaine Tilleferre
です。
彼らはバッハ Johann Sebastian Bach やラモー Jean-Philippe Rameau といったバロック音楽の復活を目指していました。
複調や多調によって調性を確保しながら、バランスのとれた形式の作品が書かれました。代表例として、ミヨー《フランス組曲》Suite Française が挙げられます。
3.表現主義への反動
ドイツでも、表現主義への反動が起こりました。
例えばブゾーニ Ferruccio Busoni は、
表現主義から新古典主義への転向を宣言しました。
また、ヒンデミット Paul Hindemith は初期、表現主義的な歌劇(3部作《殺人者、女の望み》Mörder, Hoffnung der Frauen、《ヌシュ・ヌシ》Das Nusch-Nuschi、《聖スザンナ》Sancta Susanna)を作っていましたが、古典的な音楽へと方向転換します。
次回は十二音技法について取り上げます。
【参考文献】
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』