近代の音楽思想(1)ロマン主義の音楽美学

本ブログの「音楽の哲学史」シリーズでは、これまでにデカルトやライプニッツ、ルソー、カントといった近世の思想家たちが音楽に対してどのような観点を持っていたかを見てきました。それらは、形式と感情の間で音楽美学を展開する試みとして重要です。しかし、歴史は流れ、近代とみなされる時代に入ると音楽思想において一つの大きな転換期を迎えます。この記事では、「近代の音楽思想」として、ロマン主義の音楽美学の台頭とその影響に焦点を当て、「ロマン主義の音楽美学とは何か?」「それが音楽にどのような影響をもたらしたのか?」について、具体的に解説していきます。参考は Stanford Encyclopedia of Philosophy の「History of Western Philosophy of Music: since 1800」 の項目です。

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19世紀の音楽思想の変遷

18世紀の終わり、ヨーロッパでは新たな美的感性が生まれつつありました。自然の模倣から、感情の表現や芸術の自律性へと価値観が移行していったのです。この変化は、音楽が芸術の中でどのように位置づけられるかに重大な影響を及ぼしました。ロマン主義は、音楽の絶対的な性質を称賛し、それが他のあらゆる芸術形態に優越する理由だと主張しました。

ロマン主義の中核:ヴィルヘルム・ハインリヒ・ヴァッケンローダー

ロマン主義音楽美学の象徴的な人物であるヴィルヘルム・ハインリヒ・ヴァッケンローダー Wilhelm Heinrich Wackenroder は、『芸術の友のための芸術についての幻想』Phantasien über die Kunst für Freunde der Kunst において、音楽と視覚芸術との間で顕著な比較を行いました。彼は、音楽が自然音とは異なる、全く新しい世界を表現することを力説しました。

言葉にできない美の探究

ロマン主義は、音楽が言葉では表現しきれない超越的現実を扱うという「言葉にできない」という主張を強く推し進めました。フェリックス・メンデルスゾーン Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy, は、音楽によって表現される思考は言葉にするには明確すぎるとさえ述べています。

表現理論の発展

ロマン主義では、作品に表現された感情が作曲家の感じた感情と関連があるという考えが主流でした。この考え方は「表現理論」Expression Theory として知られ、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン Ludwig van Beethoven などの作曲家がその例とみなされています。彼らは、自身の感情を音楽に変えることによってインスピレーションを受けると述べています。

器楽音楽の独立性とその役割

ロマン主義の思想家たちは、器楽音楽が音楽の特有の性質を純粋に表現する唯一の形式であり、無限をその唯一の主題とすると主張しました。特にエルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン Ernst Theodor Amadeus Hoffmann は、音楽が人間に未知の領域を明らかにすると述べています。

20世紀への架け橋

ロマン主義の音楽美学は、言語と音楽としての記号システム間の違いを強調し、後のセミオティックなアプローチに影響を与えました。この考え方は、スザンヌ・ランガー Susanne Katherina Langer やネルソン・グッドマン Nelson Goodman によってさらに発展し、音楽が独自の構文と意味の規則を持つ象徴システムとして理解されるべきであるという見解を強化しました。

このように、19世紀のロマン主義の音楽美学は、音楽が持つ無限の可能性を新たに開き、後世の音楽思想に大きな影響を与えました。今回の記事では、音楽の哲学史における重要な転換点を詳しく探り、ロマン主義が音楽に対してどのような新しい視点を提供したのかを明らかにしました。


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