2016 年 1 月 5 日に, 90 年の生涯を閉じたブーレーズ.
ブーレーズの生涯や作品の解説などは他の web メディアにゆずるとして,
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本記事ではブーレーズの音楽観を知るために, 現代音楽に関する 15 のキーワードを挙げ, それに関するブーレーズ自身の文章や, ブーレーズへの論評を集めました. 前回はコチラ.
全 3 回を予定している 2 回目の今回. キーワードは, 「ヘテロフォニー」,「ホモフォニー」, 「ハイブリッド」,「微分音」そして「記譜法」です.
ヘテロフォニー
1963 に原書が出版された Penser la musique aujourd’hui (『現代音楽を考える』) から. ブーレーズは次のように述べています.
「ヘテロフォニーは, 元になる組織に, 様相を変えた同じ組織を重ねたものである. これをポリフォニーと混同するわけにはいかない. ポリフォニーは, ある組織を, 別の新しい組織の要因にするものだ」
Penser la musique aujourd’hui, 1963 (『現代音楽を考える』)
ホモフォニー
同じく Penser la musique aujourd’hui から. ブーレーズは次のように述べています.
「ホモフォニーは, つねに統一的とみなされているモノディーを, 密度という点で直接変形したものと捉えることもできよう. この音の密度は, 和声機能とはまったく関係なく, 固有に構造化されるだろう. その構造化によって, 一定の, あるいは変化に富んだホモフォニーを創り出すことが可能になる」
Penser la musique aujourd’hui, 1963 (『現代音楽を考える』)
ハイブリッド
作曲家・音楽学者であるミシェル・リゴーニは, ハイブリッド化を「異種の 2 つの個体が交配すること」と確認したうえで, ブーレーズを一例に挙げながら, 次のように述べています.
「音楽における異種混合とは, 新しい響きの単位や新しい音色を形成すべく, 異なる種別にある音どうしや音色どうしが混じり合うことである. 近代のオーケストラが成立して以来, 作曲家たちは, 学期の組み合わせ方を実験し, 音の異種混合を繰り返してきた」
「20 世紀の音楽においてよく行われた, 異なる音色を積み重ねて音の立ち上がり部分と共鳴部分との組み合わせ ——— たとえば打楽器の音の入りとフルートの共鳴を接続する ——— を探求するのは, 音の異種混合という考え方の 1 つである ( ヴェーベルン, ヴァレーズ, ブーレーズ )」
Jean-Yves Bosseur, VocabuLarie de la Musique Contemporaine, 1966 (『現代音楽を読み解く 88 のキーワード』)
微分音/超半音階
半音よりも小さな音程で分割する手法を微分音といいます. 20 世紀前半, アロイス・ハーバ Alois Hába やイワン・ヴィシネグラツキー Ива́н Алекса́ндрович Вышнегра́дский といった作曲からが, この微分音を探求しました. またメキシコでは, フリアン・カリーリョ Julián Carrillo が, ピアノを 16分音に調律して, 精巧な微分音の楽器を制作しました.
Jean-Yves Bosseur は, 音楽家, アラン・バンカール Alain Bancquart によるブーレーズを一例に挙げた微分音についての発言を紹介しています.
「この時代〔 20 世紀の始めの頃 〕には, ひどく急進的な態度をとることもまた不可能だったようである. 事実, 微分音の冒険的開拓者たち———アロイス・ハーバ, フリアン・カリーリョ, イヴァン・ヴィシネグラツキー———の誰 1 人として, こうした音階の使用が音楽語法のあらゆる次元にもたらされる影響を見透すまでに至らなかった. 和音面が不安定であるゆえに, ここで生じる音価は, 不均等な拍を生み出すことになった. 音色は豊かになり, あるいは, かなり改良されて, 和声的音色という用語が勢いを帯びた. 学期法は新しい必要性に対応し, 強弱変化は新しい機能に対応した. 旋法は, かなり自由かつ厳格に増殖し, 新しい形式の流れを競って決定づけるのに役立った.
ピエール・ブーレーズの試み ( 1951 年の『婚礼の顔』第 1 版 ) は長続きしなかったが, 1960 年代にもなると, 3 分音や 4 分音の世界が音楽作品として開拓され, 作曲者たちはこうした新しい音程を支える方向に注意を払うようになった. クロード・バリフ Claude Ballif , モーリス・オアナ Maurice Ohana , ブライアン・ファーニホウ Brian Ferneyhough やその一派である」
Jean-Yves Bosseur, VocabuLarie de la Musique Contemporaine, 1966 (『現代音楽を読み解く 88 のキーワード』)
記譜法
Releves d’apprenti , 1966 ( 邦題『ブーレーズ音楽論: 徒弟の覚書』) から.
「記譜法は, 格子———仮の鉄道運行表———の中で, 演奏者ごとに, 即座にまた玉虫色に変化する選択に任せておくには, ちょうど充分に———しかし繊細に不明瞭だ. この休符をのばすこともできるし, この音符で停まっておくことも, 加速するこも, 各瞬間にあれこれすることもできる. 要するに, その時から, 不明瞭さのうちにも細心であることが選ばればれたのだ」
Points de repere, 1981 (『参照点』) から.
「図形記譜法で書かれる場合, それは決して, 記号記譜法の説明ではない. 図形記譜法は記号記譜法を包摂しない. 図形記譜法が特徴描写に帰着すると, これは退行になる. 表意文字へ戻るのは一層良くない退行であろう. 本来唯一の論理的記譜法は, すでにあったものを包括するような記譜法であろう. つまり現行の記号もネウマ記号も表意記号も容認するということである. このシステムが発見されないうちは, あらゆる図形記譜法は退行でしかありえない. せいぜい, 象徴的に翻訳できるような局面を, 逐語的に図形に書き替えたものだ. 数字での値を紙の上に転写しても, それは目盛りのついた紙の再現である.
では以下に, 図形のみで書かれた記譜法が完全に退行的であると考えられる 3 つの理由を挙げる.
( 1 ) 伝統的な記号性を有していない
( 2 ) 頭だけで考えた仕上げの悪い構造に頼っている. つまり, 非常に大雑把な近似値を描くことになる.
( 3 ) 音楽的時間の全体としての定義を説明しない」
次回はコチラ.
【参考文献】
- ピエール・ブーレーズ ( 船山 隆・笠羽 映子 訳 )『ブーレーズ音楽論―徒弟の覚書』( 晶文社, 1982 )
- ピエール・ブーレーズ ( 笠羽映子・野平一郎 訳 )『参照点』( 書肆風の薔薇, 1989 )
- ピエール・ブーレーズ ( 笠羽映子 訳 )『現代音楽を考える』( 青土社, 2007 )
- ジャン=イヴ・ボスール ( 栗原詩子 訳 )『現代音楽を読み解く 88 のキーワード』 ( 音楽之友社, 2008 )