音楽制作において、時間の扱い方がどのように進化してきたのか、そしてその中心に J Dilla がどのように存在していたのか。J Dilla の音楽的遺産は、単なる技術革新にとどまらず、音楽における「時間」の概念そのものを再定義だったとも言えます。この記事では、J Dillaの革新的なアプローチやその影響について、Dan Charnas『Dilla Time』(2022)【Amazon】の「Warp Time」を参考に解説します。
Okayplayer: ゼロ年代に登場した音楽コミュニティ
2000年、オランダの音楽家ニコライ(Nicolay)は、Okayplayerというオンラインコミュニティに出会いました。このサイトは、彼が愛聴していたアルバム『Voodoo』(D’Angelo)や『Like Water for Chocolate』(Common)のライナーノーツに記載されていたことで知ったものです。
Okayplayerとは?
- 音楽ファンやクリエイターが集うオンライン掲示板。
- 特にD’AngeloやJay Dee(J Dilla)といったネオソウルやヒップホップのアーティストの音楽が中心的に話題となっていました。
- Questlove(「Qoolquest」として投稿)、Jay Deeのディスコグラフィーを更新していたRenaissanceSoulなど、多くの音楽愛好家や専門家が参加。
このコミュニティは、D’AngeloやSlum Village、J Dillaといったアーティストの音楽がしばしば話題の中心にのぼり、それに影響を受けた多くの人々が集まっていました。
Dillaのリズム感覚を支えたテクノロジー
Dillaの革新的なリズム感覚を可能にしたのは、当時のテクノロジー、特にデジタル音楽制作ツールの進化です。以下の技術的要素が、Dillaのスタイル形成に寄与しました。
- パーソナルコンピュータの普及:
- コンピュータのソフトウェア(DAW:Digital Audio Workstation)は、音楽制作において重要な役割を果たしました。
- Dillaが使用したMPC(MIDI Production Center)のような機材ではなく、波形編集やタイムストレッチといった高度な機能が可能に。
- 「ずれ」を生むリズムの操作:
- ハイハットを数ミリ秒遅らせる。
- スネアやキックをわずかに前後させ、リズムに揺らぎを与える。
- これにより、意図的な「遅れ」や「早まり」が音楽に独自のグルーヴ感をもたらしました。
Dillaのリズム感覚は、ジャズのスウィング感とも通じる新たな「時間の感覚」を音楽に加えました。
3. グローバルな広がり:インターネット時代の音楽制作
Okayplayerのようなオンラインコミュニティは、インターネットを通じて音楽の影響をグローバルに広げる役割を果たしました。たとえば、オランダのニコライがOkayplayerでPhonte Coleman(「TayGravy」)とつながり、「Foreign Exchange」というユニットを結成したのはその好例です。
また、Phonte自身もこのコミュニティを活用して、自身のグループLittle Brotherの楽曲を公開し、インディーズレーベルとの契約を獲得しました。このように、インターネットを通じて音楽が共有されるプロセスは、Dillaの音楽スタイルが世界中に影響を与える手助けとなりました。
Dillaの遺産:音楽制作における新しい可能性
Dillaが生み出した「時間を操作する」アプローチは、後の音楽家たちに大きな影響を与えました。Little Brotherの9th Wonderや、FloetryのMarsha Ambrosiusといったアーティストたちは、Dillaのスタイルを参考にしながら独自の音楽を制作しました。
特に、AmbrosiusはDillaの影響を受けた楽曲「Butterflies」を制作し、それがMichael Jacksonに採用されたことは象徴的です。こうしたDillaの遺産は、音楽の時間感覚を再定義し続けています。
まとめ: Dillaがもたらした「時間の再発明」
「Warp Time」では、Dillaの音楽が単なる技術的進歩ではなく、音楽における時間とグルーヴの可能性を大きく広げたことが描かれています。インターネットやテクノロジーの力を活用し、新しい「音楽の時間」を生み出したDillaのスタイルは、今なお多くの音楽家にインスピレーションを与え続けています。