近世における音楽思想(1) ティンクトリス、ザルリーノ

音楽は時として私たちの心を動かし、感情を揺さぶり、思考を刺激します。しかし、この強力な影響力はどこから来るのでしょうか? これまで「音楽の哲学史」シリーズでは、古代ギリシアの音楽思想から中世の音楽哲学に至るまで、音楽が持つ意味や役割について考察してきました。今回は、その続きとして、近世 (early modern) における音楽哲学の展開に焦点を当てます。近世において音楽思想は、音楽と感覚的快楽、そして表現の力が探求されるようになりました。では 15 世紀からの音楽に関する思考の変化を追いかけましょう(参考: History of Western Philosophy of Music: Antiquity to 1800)。

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近世の音楽哲学: 音楽と感覚的快楽、そして表現の力

ヨハネス・ティンクトリスと感覚的快楽の再定義

15世紀、音楽に関する著作家たちは音楽体験の美学的側面に注目し始めます。この新しい展開の中心人物の一人がヨハネス・ティンクトリスです。彼は和声と協和を、数学的な概念を超えて、聞き手の体験として定義しました。ティンクトリスによれば、和声は心地よい音の効果であり、協和と不協和はそれぞれ耳に甘美をもたらすか、苦痛を与える音の組み合わせです。彼の著作では、音楽が感情を喚起する力を強調し、古代音楽が持っていたとされるこの力の偉大さを称賛しています。ティンクトリスは、音楽を主観的な体験として、そしてその表現力を通じて捉え直すことで、初期近代の音楽哲学の2つの重要な傾向を先駆けて示しています。

ジョゼッフォ・ザルリーノと表現力の探求

ジョゼッフォ・ザルリーノは、西洋音楽理論におけるもう 1 人の重要人物です。彼は、中世のモダリティから調和の和声へと移行する理論的基盤を築きました。ザルリーノにとって、美しい音楽を生み出す作曲のルールが重要であり、音楽の目的は聴き手を「改善」し「喜ばせる」ことにありました。しかし、彼は合理性や数学の重要性を否定しませんでした。ザルリーノは、音楽が持つ感覚的快楽と、その背後にある合理的・数学的な基盤との間のバランスを見出しました。

音楽体験の主観性と表現力の価値

ティンクトリスとザルリーノの思想は、音楽に対する初期近代の新しい見方を示しています。一方で音楽の主観的な体験と感情的な影響力を強調し、他方で音楽の合理的・数学的な側面を尊重するこのバランスは、音楽をただの感覚的な快楽を超えたものとして位置づけました。これらの思想家たちは、音楽が個人の内面に働きかけ、感情を喚起し、思考を促す力を認識し、古代から続く音楽の力を再評価しました。

変容する音楽の哲学

本記事で見てきたように、近世には音楽哲学が大きく変化しました。音楽が個人の感覚的快楽と深い感情の世界にどのように関わるか、そしてその表現力がどのように価値を持つのか、という問いに対する新しい答えが模索されました。ティンクトリスとザルリーノの業績を通じて、音楽体験の主観性と、音楽が持つ感情を喚起する能力の重要性が強調されました。これらの思想は、音楽に対する我々の理解を深め、音楽が人間の感情、思考、そして社会にどのように影響を与えるかについての新たな洞察を提供します。


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