音楽において「考える」という行為を意識したことはあるでしょうか?私たちは音楽を「聴く」「感じる」という経験を通じて、その魅力に触れますが、音楽を「考える」ことについて深く考察する機会は少ないかもしれません。しかし、音楽の本質を理解するためには、音楽を「考える」ことが不可欠です。J. Rimas ら「Musical Thinking」(2024)【Amazon】によれば、音楽的思考は単なる知的な活動にとどまらず、音楽の意味や美しさを深く知る鍵となる概念です。「Musical Thinking」は、哲学や美学の視点から音楽的思考の多面的な性質を探り、音楽を理解し表現する新たな道筋を提示しています。
音楽的思考とは? ― 概念の背景
「音楽的思考(Musical Thinking)」は、音楽の論理性や美的表現を理解し、深めるための知的活動を指します。この概念は、18世紀の啓蒙時代における「知性の優位」という思想から派生し、音楽家に単なる職人的技術にとどまらず、音楽を深く「考える」ことを促しました。特に、フォルケル(Johann Nikolaus Forkel)は、音楽家が音を「感じる」だけでなく、「考える」べきであると主張しました。
また、哲学者ヘルバルト(Johann Friedrich Herbart)は、音楽的思考を音楽の意味を知る鍵と位置付け、音楽を理解する手段としての重要性を説いています。本章では、さらに現代的な思考のアプローチとして「行為としての思考」についても論じています。
ハイデガーの思考論と音楽
ハイデガー(Martin Heidegger)は、思考とは単なる抽象的な行為ではなく、行動そのものと捉えるべきであると説きます。彼の著書『思惟とは何の謂いか』では、次のように述べられています。
私たちは、自ら考える試みをすることで、思考の本質を理解できる。そしてこの試みを成功させるには、思考を学ぶ準備が必要である。
音楽においても同様に、音楽的思考は単なる分析的作業ではなく、音楽を「生きる」行為そのものとして捉えるべきだといえます。この考え方は、音楽の論理性や美的価値を深く掘り下げるための哲学的基盤を提供します。
理論的思考と直感的思考: 音楽を「考える」方法
音楽的思考には大きく分けて二つのアプローチがあります。一つは、音楽を対象として「考える」ことで、これは理論的・分析的な音楽学的思考を指します。もう一つは、音楽そのものを「考える」ことで、音を通じて直接的に音楽を理解する方法です。後者は、音楽を単なる対象として捉えるのではなく、音楽を体験し、その本質に迫る行為です。
例えば、イントネーション(音程の抑揚)は、単なる音の高低を超えた普遍的原則として、音楽的思考の中心に位置づけられます。これにより、音楽的思考は、音楽を感覚的に理解するだけでなく、その背後にある美的論理や哲学的意義をも考慮する深い思考を促します。
直感と知性 ― 音楽の「感じる」ことと「理解する」こと
音楽的思考において、直感は重要な役割を果たします。直感は受動的な知覚を超えて、特定のデータに対する理解を含む行為です。感覚を通じた音楽の経験は、知的理解と結びつき、音楽の美的価値を引き出します。ヘーゲル(Georg Hegel)は、知性を「現象の本質を理解する能力」と定義し、これが音楽的思考の基盤となると述べています。
音楽概念の形成
音楽的概念とは、音楽的思考を通じて形成される「音楽のアイデア」や「芸術的イメージ」を指します。この概念は、音楽の感覚的体験を超えて、その本質を捉えるための知的な枠組みを提供します。音楽的概念は、演奏者や作曲者による音楽の具体的な実現を通じて、感覚的な「音」から精神的な「意味」へと変換されます。
聴覚と思考 ― 音楽を「聞く」ことの意味
音楽を聞く行為は、単なる音の知覚ではなく、音楽の意味を理解する行為です。「オープンリスニング」という概念は、音楽の表面的な構造を超え、その深層的な意味を理解するための第一歩です。これにより、音楽的思考は、音楽を単なる技術的な対象としてではなく、その内在する精神的価値を探るプロセスとして機能します。
音楽的思考の実践 ― 音楽と言語の相互作用
音楽的思考は、音楽と言語の相互作用を基盤としています。音楽的思考は、音楽の「言語」を理解し、それを通じて音楽的アイデアを具現化する行為です。この過程で、音楽的思考は音の関係性や構造を分析し、その中に潜む意味を解読します。
おわりに
J. Rimas ら「Musical Thinking」(2024)では、音楽的思考が単なる知的な分析を超え、音楽をより深く理解し、表現するための重要な鍵であることを明らかにされています。このような思考のアプローチは、音楽を単なる技術や感覚的な対象としてではなく、その背後にある美的・精神的価値を探求する行為へと昇華させるものです。