音楽における「創造性」とは一体何なのでしょうか?私たちは、音楽作品を解釈し、演奏する過程で「創造的」であるとは何かを考えたことがあるでしょうか。このテーマに対して、 J. Rimas ら「The Concept of Creativity and Its Importance for Musical Expression」(2024)【Amazon】が深い考察を提供しています。「The Concept of Creativity and Its Importance for Musical Expression」によれば、創造性は単なる技術的な表現に留まらず、自己の内的な動機や経験を音楽という形で具現化する過程であるとされています。以下に、この論文の詳細な内容を解説し、創造性の本質を探ります。
創造性とは何か?
「The Concept of Creativity and Its Importance for Musical Expression」によれば、創造性は新しい価値あるものを生み出す能力であり、多くの心理学者にとっても重要な研究対象とされています。論文では、創造性を問題を見つけ出し、独自の解決方法を考え、独創的に物事を捉える能力として説明しています。たとえば、音楽作品を解釈する際、演奏者は単に音符をなぞるのではなく、作品の意図を独自の視点で表現することで「創造的」とみなされます。この過程では、内的な動機が大きな役割を果たし、報酬や外部からの強制ではなく、自己の満足や内面的な必要性から行動することが求められます。
経験と創造性の相互関係
創造性には、経験が大きな影響を与えるとされています。J. Rimas らは、「人は経験を通してしか生産的な行動を行えない」と述べており、創造的な行為は、経験したものを世界に還元する行為だと指摘しています。これは、プラトン(Plato)の言葉を借りるならば「想起」にも似ています。つまり、私たちが子供の頃に見て驚いたもの、感動したものが、潜在意識に沈んでやがて輝きを増し、創造的な表現として表面化するというわけです。この「経験の想起」は、創造性の根幹にあると考えられています。
演奏における創造性と模倣
「The Concept of Creativity and Its Importance for Musical Expression」では、音楽作品の演奏における創造性についても議論されています。演奏者は、音符のテキストに対して、ただそれを音として表現するだけでなく、自身の解釈を通じて作品のメッセージを伝えることが重要だとされています。単なる模倣、すなわち他者の解釈をコピーすることではなく、自己の理解に基づく独自の表現を追求することが、創造性の発現となります。ここで、リトアニアの作曲家 イグナス・プリエルガウスカス(Ignas Prielgauskas)の言葉が引用され、「古くから決められていることに満足する者たちは、模倣の道を歩み、創造性を放棄している」と述べられています。このような態度は、聴衆にも伝わりやすいのです。
フロムの創造的態度と生産志向
エーリヒ・フロム(Erich Fromm)は、創造的な態度についても詳しく述べており、それは必ずしも新しいものを創り出す行為に限らず、物事に対して創造的に反応し、自分自身の視点で見通す力を指しています。フロムはこれを「生産志向」と呼び、これはすべての行動において自身の潜在的な力を引き出し実現しようとする、根本的な人格の姿勢を意味するとしています。また、物事に対して独自の視点や反応を持つ力を養うものであり、創造的な表現には欠かせない姿勢です。フロムの理論に基づき、J. Rimas らは、音楽の解釈においてもこのような創造的な視点を持つことが、既存の作品を新たな解釈として聴衆に提示するために不可欠であると述べています。
自由と創造性: 制約を超える力
創造性を発揮するためには「自由」が不可欠であると論文は強調します。自由とは、自らの意志と価値に基づいて行動できることであり、創造の前提条件です。哲学者ピエール・アド(Pierre Hadot)の言葉を引用し、創造性とは制約を超えるものであり、「創造する力を持つということは、自由であることである」としています。この自由は、演奏者が音楽作品に対して、他者の解釈や決まりきったスタイルにとらわれず、自らの感性に基づいて新しい表現を探求するための鍵となります。
経験の深さと自己表現の豊かさ
J. Rimas らは、創造的な演奏には「豊かな内面世界」が必要であると指摘しています。内面世界は、芸術家が想像力を働かせ、感情や気分を作品に吹き込むための源泉です。これは、潜在意識が演奏者の表現に無意識のうちに影響を与える「潜在的思考」とも関係しています。音楽表現において、個人の経験や価値観が深ければ深いほど、その表現はより豊かで多様なものとなります。
創造的な表現: 完成されていない音楽作品の解釈
「The Concept of Creativity and Its Importance for Musical Expression」では、音楽作品は「不完全なもの」として扱われており、その解釈には創造性が求められると述べられています。Antanas Maceina(アンタナス・マセイナ)によれば、音楽作品が完成するのは演奏が行われている瞬間だけであり、その演奏が別の解釈を通じて再び異なる形で「完成」されうることが強調されています。演奏者は、音楽テキストが提供する素材を活かしつつも、それにとどまらずに新たな表現を追求することが求められます。このとき、演奏者は音楽の素材に対してただ従うのではなく、それに対して自らの創造的意図を持って挑む必要があるのです。
経験に基づく創造的解釈のプロセス
「The Concept of Creativity and Its Importance for Musical Expression」では、創造的な解釈には「経験」と「経験すること」という2つの概念があるとされています。「経験すること」とは驚きの瞬間に始まり、その驚きを通じて新たな問いを発する行為です。一方、「経験」は、過去の知識や技術、価値観、態度といった個人の総体であり、それによって現在の解釈に独自の意味が与えられます。このように、経験を通じた創造的解釈のプロセスは、個人の価値観や態度が反映される表現行為とみなされます。
自己超越と創造性の持続的な成長
最後に、J. Rimas らは創造性を発揮するために自己を超越する重要性を指摘しています。自己超越とは、自己の内に閉じこもることなく、文化的経験を通じて自己を絶えず更新し成長させることを意味します。この成長がなければ、音楽の解釈も停滞し、独創的な表現が失われてしまいます。エマニュエル・ムーニエ(Emmanuel Mounier)の言葉を引用し、「自己超越は孤立した意思の中で自分自身を絶対化するものではなく、他者と共有される文化的空間を拡大するもの」だと述べられています。このように、創造的な音楽表現には、自己と他者との相互作用が欠かせない要素であると強調されています。
結論: 創造的な音楽表現の価値
「音楽表現における創造性の概念とその重要性」は、創造性が単なる技術的な演奏にとどまらず、個人の内的な価値観や経験に基づいて表現されるべきものであると指摘しています。創造性の根幹には自由と自己超越があり、これを通じて音楽の演奏は聴衆にとって新たな価値をもたらすものとなります。このように、創造性は音楽表現における不可欠な要素であり、その追求は演奏者自身の成長と音楽の価値向上に寄与するのです。