古典派とは、ハイドン Franz Joseph Haydn 、モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart 、ベートーヴェン Ludwig van Beethoven の3人を指し、より厳密には彼らの活躍した時期でも1780年〜1820年を指します。前回のエントリーでは、この3人のうち、ベートーヴェンのボン時代について取り上げました。今回は、同じくベートーヴェンのウィーン時代について取り上げます。
目次
ウィーン時代の区分
ベートーヴェンのウィーン時代はさらに、
- 前期: 1792年〜1801年
- 中期前半: 1802年〜1808年
- 中期後半: 1808年〜1812年
- 後期: 1813年〜1827年
に分けられます。
ベートーヴェンは、伝記上の出来事と創作区分とが一致しているのが特徴だと言われています。
前期と中期前半の区分となる有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」Heiligenstädter Testament が書かれました。この遺書は、1802年10月6日と10日に、ベートーヴェンが2人の弟に宛てて書いたものです。同年の5月から、ベートーヴェンはウィーン近郊のハイリゲンシュタットで作曲に専念していたために、この名前がつけられています。ただ内容は、通常の意味での遺書ではなく、4・5年前からベートーヴェンを悩ましていた難聴の危機を乗り越え、作曲家としての使命を全うするという、決意表明です。
中期前半と中期後半の区分である1808年には、ヨゼフィーネ・ダイムと失恋し、1810年にはテレーゼ・マルファッティと失恋します。そして1812年には、「不滅の恋人」アントニエ・ブレンターノとの失恋に至り、こうした日常がベートーヴェンの創作上の転換をもたらしたと言われています。
ウィーン時代前期
ウィーン時代前期では、
- ハイドン
- シェンク Johann Schenk
- アルブレヒツベルガー Johann Georg Albrechtsberger
の下で対位法を2年半ほど学びました。
同時に、ピアノ演奏家としても活躍します。
1795年、初めて公開演奏会に出演し、
- ピアノ三重奏曲第1番 変ホ長調
- ピアノ・ソナタ 第1番 ヘ短調
を出版しました。
これらの作品は、交響曲のような4楽章制で、コーダ coda 部分が充実し、メヌエットがスケルツォ Scherzo に代えられるなど、ギャラント傾向が克服されました。
※コーダ: 楽曲において独立してつくられた終結部分で、しばしば主題部とは違う主題により別につくられています。
※スケルツォ: テンポが非常に速い3/4拍子の曲で,「諧謔曲(かいぎゃくきょく)」とも言います。
また、
- 交響曲第1番
- 交響曲第2番
- 弦楽四重奏曲(作品18)
といった古典派の言わば中心的ジャンルでの創作を試みました。この試みでは、ハイドンやモーツァルトといった伝統を超え、形式や様式面で新しい領域の追求がなされています。
例えば、本来の第1楽章が省略された
- ピアノ・ソナタ(作品26)
や、ソナタとファンタジーの融合が試みられ《幻想風ソナタ》Quasi una Fantasia と題された
- ピアノ・ソナタ(作品27)《月光》Moonlight
などが挙げられます。
ウィーン時代中期
中期前半
中期前半では「ハイリゲンシュタットの遺書」以降、ベートーヴェンの作風は劇的・英雄的な様式へと変わっていきます。
この時期の代表作は、交響曲第3番《英雄》Eroicaとオペラ《フィデリオ》(第1稿)Fidelio です。交響曲第3番の第1楽章では、冒頭に提示される主題 = 主和音の分散和音が限りなく変奏され、性格の異なる主題を導いています。つまり、枠組みとしてのソナタ形式に従って音楽を形式化するのではなく、持続する経過のなかで生成・発展していく音楽だと言われています。その結果、1つの楽章が今までにないほど拡大されました。
この後、交響曲では第4、5、6番を、また、ピアノ協奏曲第4番やヴァイオリン協奏曲などが作曲されました。特に交響曲第五番《運命》Schicksalssinfonie、そして第6番《田園》Pastorale では、動機的主題による楽章の展開が実現されました。
中期後半
中期後半は、特異な「後期様式」への移行期としてみなされています。この時期は、楽章の主題性が再び確保され、歌謡的・叙情的な旋律が主題になっているのが特徴です。代表曲として、
- 交響曲第7番
- 交響曲第8番
- ピアノ協奏曲第5番変ホ長調《皇帝》Emperor
- ピアノソナタ第26番 変ホ長調《告別》Das Lebewohl
- ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調《大公》Erzherzog
- 弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調《ハープ》Harfenquartett
- 弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調《セリオーソ》Quartetto serioso
などが挙げられます。
ウィーン時代後期
ウィーン時代後期のベートーヴェンの音楽は、来るべきロマンは音楽と共有する傾向と、対位法や変奏を好む傾向という、相反する傾向を持っています。このために、急激な転調、テンポやテクスチャーの変化が楽曲の連続性を中断するような作品が見受けられます。
- ピアノソナタ第31番 変イ長調
この後期様式に属する作品としては、
- ピアノソナタ第29番変ロ長調《ハンマークラヴィーア・ソナタ》Große Sonate für das Hammerklavier
- ディアベリのワルツの主題によるピアノのための33の変奏曲ハ長調
- 大フーガ変ロ長調
- 交響曲第9番
- 《ミサ・ソレムニス》Missa solemnis
などが挙げられます。
参考文献
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』