音楽は私たちの生活に深く浸透しており、日常生活のあらゆる場面で聞かれています。しかし、その歌詞や音楽の調子が私たちの心理や行動にどのような影響を与えるのでしょうか?特に、暴力的な歌詞や攻撃的な音楽が人々の行動や感情にどのような影響を及ぼすかについては、多くの議論がなされています。この記事では、2024年に発表されたWayne A. Warburtonらによる学術論文「Violent and prosocial music: Evidence for the impact of lyrics and musical tone on aggressive thoughts, feelings, and behaviors(暴力的および社会的行動を促進する音楽:歌詞と音楽の調子が攻撃的な思考、感情、行動に与える影響の証拠)」(2024)を紹介し、その詳細を掘り下げていきます。
論文の概要
Warburtonらの研究は、暴力的および社会的行動を促進する音楽が人々の攻撃的な思考や感情、行動に与える影響を調査したものです。この研究は4つの実験から成り立っており、歌詞や音楽の調子がどのように心理的プロセスに影響を与えるかを明らかにしています。これらの実験では、特に暴力的な歌詞が敵意や攻撃的な認知を引き起こすメカニズムについて深く掘り下げられています。
実験1:歌詞の攻撃性のレベル
方法と参加者
最初の実験では、歌詞の攻撃性が増すにつれて、攻撃的な行動が増加するかどうかを調査しました。実験には88人の参加者が含まれ、彼らは無作為に4つのグループに分けられました:非攻撃的な歌詞、軽度な攻撃的歌詞、明白な攻撃的歌詞、そして暴力的な歌詞のグループです。各グループは、同じ音楽のバックトラックに異なる歌詞が付けられた曲を聞きました。
結果
結果として、暴力的な歌詞が攻撃的な行動を引き起こすことが確認されました。特に、暴力的な歌詞を聞いたグループは、他のグループよりも顕著に高い攻撃的行動を示しました。また、敵意やネガティブな感情も増加しました。しかし、興味深いことに、攻撃的な歌詞のレベルが上がるにつれて攻撃的な行動が直線的に増加するわけではなく、ある程度の攻撃的な歌詞が含まれていれば、行動はほぼ同じレベルで攻撃的になることがわかりました。
実験2:歌詞と音楽の調子の影響
方法と参加者
第二の実験では、歌詞だけでなく、音楽の調子が攻撃的な行動に与える影響を調査しました。実験には105人の参加者が含まれ、彼らは攻撃的な音楽の調子と非攻撃的な音楽の調子、そして暴力的、ニュートラル、社会的行動を促進する歌詞の組み合わせのグループに分けられました。
結果
この実験では、歌詞と音楽の調子の両方が敵意や攻撃的な認知に影響を与えることが確認されました。しかし、攻撃的な行動そのものには有意な影響が見られませんでした。これは、歌詞や音楽の調子が内部の心理的状態には影響を与えるものの、それが行動に直結するわけではないことを示唆しています。
実験3:ビデオの影響
方法と参加者
第三の実験では、音楽に加えて、ビデオが攻撃的な行動に与える影響を調査しました。参加者は109人で、彼らは暴力的または社会的行動を促進するビデオを含む音楽を視聴しました。
結果
結果として、暴力的なビデオは敵意やネガティブな感情を増加させることが確認されました。これは、視覚的な刺激が歌詞や音楽の調子と相まって、心理的プロセスにさらなる影響を与えることを示唆しています。
実験4:運転シミュレーションでの影響
方法と参加者
最後の実験では、運転シミュレーターを使用して、暴力的な歌詞が運転中の攻撃的な行動に与える影響を調査しました。参加者は120人で、彼らは暴力的、ニュートラル、社会的行動を促進する歌詞と、攻撃的または非攻撃的な音楽の調子を聞きながら運転しました。
結果
この実験では、暴力的な歌詞を聞いた参加者が運転中に攻撃的な行動(例:クラクションの多用やハイビームの乱用)を増加させることが確認されました。また、攻撃的な音楽の調子も心拍数の増加などの生理的覚醒を引き起こしました。
私の意見:情動教育と社会安全への応用
Warburtonらの研究は、情動教育や社会安全を推進する上で非常に有用です。音楽が人間の情動や行動に与える影響を理解することで、教育プログラムや社会政策において、より健全で安全な環境を作り出すことが可能になります。
プラトンの音楽論との関連
この研究は、古代ギリシャの哲学者プラトンの音楽論を現代に再解釈したものとも言えます。プラトンは音楽が人間の情動に与える影響について深く考察しており、特に教育的な側面に焦点を当てていました。彼は、音楽が若者の教育に貢献し、社会の正しい機能に寄与する一方で、音楽の変化が社会の混乱を引き起こす可能性があると警告しています。Warburtonの研究は、このプラトンの音楽論を現代の科学的手法で実証したものと位置付けることができます。
プラトンの音楽論の概要
プラトンは、音楽が人間の情動を模倣する能力とその社会的価値について論じました。彼は、音楽が教育や社会の機能にどのように寄与するかについて特に関心を持っていました。プラトンによれば、音楽は人間の情動を模倣する能力を持ち、それが教育的に有益であると考えられていました。例えば、ドリア調やフリュギア調の音楽が勇気や節度を模倣することで、これらの徳を育む助けになるとされています。
現代におけるプラトン音楽論の再評価
Warburtonの研究は、プラトンの音楽論を現代の文脈で再評価し、科学的に実証するものであり、音楽の教育的および社会的価値を再確認するものです。音楽が人間の行動や感情に与える影響を理解することで、より効果的な教育プログラムや社会政策の開発に貢献できると考えられます。
表現の自由と芸術の発展への影響
しかし、私の意見として、このような研究が健全な人間情動や社会安全を育むのに寄与する一方で、表現の自由を制限するリスクもはらんでいると考えます。健全で安全な音楽だけが求められる社会は、それに反する表現を規制する社会であり、芸術の発展には阻害となる可能性があります。
表現の自由とその重要性
表現の自由は、民主社会の基本的な権利の一つであり、芸術の発展においても非常に重要です。音楽を通じて自分の感情や考えを表現することは、アーティストにとって重要な創造的プロセスであり、その自由が制限されることは、芸術の多様性と発展を阻害することになります。
バランスの取れたアプローチ
したがって、情動教育や社会安全を推進するための音楽の利用については、表現の自由とのバランスを取ることが重要です。健全な音楽教育プログラムを推進しつつも、アーティストの表現の自由を尊重するための政策やアプローチが求められます。
結論
Warburtonらの研究は、音楽の歌詞と調子が人々の心理的プロセスに与える影響を理解するための重要な知見を提供しています。この研究は、情動教育や社会安全の推進において有用であり、古代ギリシャのプラトンの音楽論を現代に再解釈するものであります。しかし、一方で表現の自由を制限するリスクもはらんでいるため、バランスの取れたアプローチが必要です。音楽が私たちの行動や感情に与える影響を理解し、健全で安全な社会を築くための一助となることを期待します。