キメラ・ポップのルーツを求めて: YOASOBI「アイドル」のように展開が非常に多い楽曲はどこから来たのか

※この記事は、「Sagishi さんの YOASOBI「アイドル」評が興味深かったのでいろいろ調べました」 の補足記事です。

YOASOBI「アイドル」(2023) の特徴の 1 つに、非常に展開が多いことが挙げられます。そしてその展開ごとに、異なるジャンルの手法が使われていると思います。私が思うに「アイドル」は、

  • K-POP 風のラップ (※1)
  • 「夜を駆ける」にも通じるオーソドックなポップス
  • Linked Horizon のようなアニソン版シンフォニックメタル

という 3 つのジャンルを展開ごとに切り替えています。

このような展開の多さを過剰と感じる人もいれば、大胆だな、表現する人もいるだろうし、単に楽しめる人もいるでしょう。

このような展開の大胆な楽曲を、私は「キメラ音楽」あるいはもう少しジャンルを限定して、「キメラ・ポップ」と呼びたいと思います。

また、この記事ではこれからキメラ・ポップのルーツを探していくのですが、日本のポピュラー音楽に限定します。日本のポピュラー音楽にみられる「キメラ・ポップ」、そのルーツを日本のポピュラー音楽に求める、ということです。

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折衷、圧縮、Gaccha、キメラ

ところで。

ボカロ (というかボカロ論壇 (※2)) が今よりもっと盛り上がっていた 10 年前は、「圧縮」という言葉が使われていたと記憶しています。いろんなジャンルが圧縮されて 1 つにまとめられているといった意味だったのだと思います。この記憶を裏付けるためにネット検索したのですが、確かな証拠は見つかりませんでした。人の記憶はかくも信用ならないものです。

どなたかご存知の方はコメントなどでお知らせいただければさいわいです。

同じ時期に「折衷」という言葉をあてた人もいたようです。これはこのブログの記事に残っています。

しかし誰が・どの媒体で使っていたかまでは、覚えていません。

こちらもご存知の方はコメントなどでお教えいただければと思います。

なお、私も同じ時期に「キメラの方はいいのでは?」と、Twitter などで提案したことがあります。これは自分のことなのではっきり覚えています。スルーされたこともはっきりと覚えています。

今年に入ってからは Gacha Pop という表現も出てきました。ただ、Gacha Pop はもう少し、2020 年代初頭現在の、日本のヒットチャート音楽全体を指すみたいな、そのような印象があります。ジャンル展開の非常に多いキメラ・ポップだけを指す言葉としては、指す対象の範囲が広すぎるかな、と思いますね。

キメラ・ポップの定義

ここで一度、キメラ・ポップを定義しましょう。「ジャンル展開の非常に多い」だけではキメラ・ポップの範囲を決められません。まずは次のように限定しましょう。

  • 2 つ以上のジャンルを 1 つに組み合わせた楽曲

のうち、

  • 特に、2 つ以上のジャンルを水平的に 1 曲に共存させている

もの。

「水平的に」というのは、クロスオーバーやマッシュアップと区別するためですね。クロスオーバーは例えば、ドラムンベースの「上に」ジャズのコード、のように、垂直に異ジャンルが共存します。一方、キメラ・ポップは、A メロはドラムンベースだけどサビでジャズ、のように、ドラムンベースの「次に」ジャズ。これが水平的な共存です。

また、

  • 同じジャンルの組み合わせが 2 回以上使用されるのはレアだ、

というのも、キメラ・ポップの特徴でしょう。クロスオーバーでは、「ジャズっぽいドラムンベース」でアルバム 1 枚作ったりします。一方、もし、YOASOBI が次の曲でも、「出だしはラップで、サビは王道ポップスで」みたいな曲をリリースしたら、それはそれでいろんな人が困ると思います。

キメラ・ポップのルーツを求めて

さて、キメラ・ポップは何も、2020 年代に突然登場したわけではありません。10 年前のボカロ論壇で「圧縮」や「折衷」という言葉が使われていたことから分かるように、2010 年代ではアニソン系、地下系アイドル楽曲ではそこまで珍しくない楽曲でした。

ちなみに当時は「電波ソング」といった言い方もありました。ただ、電波ソングでもキメラではない楽曲もあったし、もちろん、電波ソングではないキメラ・ポップもあります。

では例えばどのような楽曲があったのか。私は (ボカロ P でもありながら) ボカロ曲は詳しくなくて (※ 3)、ボカロ曲の例を出したかったのですが、出せません。本当に恐縮です。アニソンなら例えば『ゆるゆり』のキャラソン、

は非常に優れたキメラ・ポップだと思います。

10 年代のキメラ・ポップス、ボカロやアニソンや地下系アイドルのリリースしたキメラ・ポップについては、それこそまさしくオタクの方がお詳しいと思います。具体的に誰が詳しいかは存じ上げませんが、多分、いると思います。けっこう。詳しい人が。そういう人に聞いてみてください。

さて、とにかく、キメラ・ポップは 2020 年代初頭現在に特有のポップスではなく、それ以前から存在しました。例えば私の知る限りでは、10 年代のアニソン、特にキャラソンに、キメラ・ポップは珍しくありませんでした。

しかし YOASOBI「アイドル」はサブスク再生回数 1 位でメジャー中のメジャー曲ですが、一方、「女と女のゆりゲーム」はオリコン 22 位のしかもアルバムの 1 曲ということで、ややマイナー楽曲です。いや、オリコン 22 位でもスゴいですし、『ゆるゆり』のキャラソン・アルバムってオリコン 22 位を記録してたんですか …

メジャーなキメラ・ポップ

マイナーな楽曲だったらおそらく、2020 年代より前でも、キメラ・ポップの形式に楽曲はたくさん見つかると思います。ではオリコン初登場 10 位以内であるとか、もっと世間に知られていそうな、メジャーな楽曲ではどうだったのでしょうか?

オリコン 10 位以内くらいのメジャー曲なら、私がパッと思いつくのは、まず、

ですね。アイドル楽曲です。

今聴くと確かに「アイドル」の方がキメラ度合いは高いですが、2010 年時点でこの展開の多さは特異だったと思いますし、何よりオリコン 3 位以内に入っているのがスゴいですね。

00 年代へ遡りましょう。

米津も引用した楽曲なので、いまの Gacha Pop 世代ももしかして聴いたことがある人が多いのではないでしょうか。スタジアム・ロック風から始まって、ファンク、それからロシア民謡。さらには BPM も変化するという構成です。「アイドル」の方が低音が効いたミキシングなので、「アイドル」を聴いた後に「そうだ! 〜」を聴くと物足りなさを感じますが、キメラ度で言えば「そうだ!〜」の方が高そうですね。

00 年代で印象的なのは、ほかには、

が挙げられます。

この楽曲はソカの J-POP アレンジということで、ももクロやモー娘。とは少し毛色が違い、J-POP のアレンジを盛りまくった、というより、DJ 的カットアップを駆使して結果的に展開が多くなった、と考えられます。

おそらく「アイドル」のキメラ感は、10 年代のアニソン (というよりキャラソン) の延長にあるでしょう。では、10 年代以前に、キメラ感の強い楽曲が、特にメジャーで皆無だったかと言えばそうではなく、モー娘。の例を見つけることができます。

例が少なすぎる、という指摘は確かにそうです。

それこそ「アルビノ」のようなもので、白いカラスを一羽見つけたからと言って、カラスが黒いことを否定することはできません。

そのことは私も重々承知です。ただ、できることなら、アルビノ探しにもう少しお付き合いください。

もう少し時代を遡りましょう。80 年代終わりから 90 年代始めにかけて活躍したユニコーンも、歌詞の内容に合わせて雰囲気をガラッと変える楽曲を残しています。そしてオリコン上位へチャートインさせています。

  • 「働く男」(1990、オリコン 3 位)
  • 「スターな男」(1991、オリコン 6 位)

では、「アイドル」からももクロ、モー娘。、そしてユニコーンへと遡ることのできる、楽曲の展開によってジャンルをガラッと入れ替えるキメラ・ポップのルーツ、日本のポピュラー音楽におけるキメラ・ポップのルーツはどこにあるのでしょうか? どこまで遡ることができるのでしょうか?

キメラ・ポップのルーツ = 植木等説

私はキメラ・ポップのルーツは、植木等にあると思います。80 万枚を売り上げた「スーダラ節」(1961)もそうですが、やはり「ハイそれまでョ」(1962) でしょうね。ムード歌謡からロックへとガラッと曲調を変える展開は、キメラ・ポップのルーツの 1 つと言えるのではないでしょうか。

ということで私は、「アイドル」へつながるキメラ・ポップのルーツは、60 年代コミックソングにある、という仮説を立てたいと思います。

「アイドル」も「ハイそれまでョ」も、物語が関連した楽曲ですね。ユニコーンの「働く男」や「スターな男」も、ストーリーテリングな歌詞です。キャラソンにもキメラが多いのは既述の通り。物語を表現するには展開ごとにいろんなジャンルを入れ替わりする手法が適しているのかもしれません (と書くと、ももクロとモー娘。をガン無視ですが)。

くどいですが、以上の説はあくまで私の仮説、憶測ですので、もっと違う事例をご存知の方がいらっしゃれば教えてもらえたらと思います。

さて、ボーカルは植木等ですが、楽曲の名義はハナ肇とクレイジーキャッツですね。ハナ肇とクレイジーキャッツのほとんどの作曲を手掛けたのは萩原哲晶ですが、では、萩原からさらにさかのぼると・・・、となると、今回の記事では調べきれませんでした。「アイドル」の 10 年前がももクロ、とももクロの 10 年前がモー娘。、と遡るのと同じように遡ると、「スーダラ節」が 1961 年なので、さらにその 10 年前となると、1951 年、サンフランシスコ平和条約です。1951 年の 10 年前は太平洋戦争開戦の年です。太平洋戦争の開戦の 20 年後に「スーダラ節」が誕生したのか、と考えると何とも言えない気分になりますが、萩原のさらにルーツをめぐる旅は、今後の課題とさせてください。

キメラ・ポップの弱点

さて、キメラ・ポップのルーツは植木等! と、いろいろ怒られそうな憶測をしたところで、最後にキメラ・ポップの弱点を考えてみたいと思います。ずばり言うと、「ミキシングが大変」です。

「アイドル」もラップとメタル (メタルというのはわたしの予想ですが) が共存しています。例えばキックを考えても、ラップは目立たせた方がカッコいいだろうし、メタルはラップほどは目立たさない方がカッコいいはずです。この両者を上手く共存させるのは、けっこう至難の技だと思います。ラップパートとメタルパートで、キックの音色を変えてしまうと、今度は他の楽器やボーカルのバランスが崩れてしまいます。ミキシングがうまくいっても、マスタリングで「あっちを立てればこっちが立たず」状態になると思います。

なんとかバランスをとると、今度は、それぞれのジャンルのファンから「物足りない」だのなんだのと注文がつきます。

ミキシングやマスタリングは、料理で例えるなら盛り付けや器のようなものです。ミキシングやマスタリングを失敗すると、高級料理をプラスチックのタッパーで食べさせられているような、そんな気になります。

キメラ・ポップは、作曲者の力量を披露するのに適した手法ですが、最後、リスナーに届ける際、1 つ 1 つの食材は優れているのに雑に盛られた残念なプレートランチになる可能性もあるわけです。

ただ、聴き手がプラスチックのタッパーや残念なプレートランチを受け入れてきました。受け入れた結果、生まれたジャンルもあります。

また、ミキシングの難しさという弱点は、テクノロジーが解決してくれる可能性もあります。

テクノロジーの進化によって、DAW の 1 度に処理できる音の数が増え、キメラ度が高まったように、キメラ度が高まった楽曲のミキシング難度を、テクノロジーの進化が解決してくれるかもしれません。


※1 「アイドル」のラップ・パートは、K-POP を参考にしていると思います。特に BLACK PINK とか。では BLACK PINK がルーツなのかというと、私は、M.I.A とかその辺を参考にしていると思います。00 年代の Diplo とか。というか BLACK PINK は「聴きやすい M.I.A」だと私は思っています。ですので、Bailre Funk とか、Boltimore Club みたいなのが、時を経て経て、BLACK PINK へと受け継がれ、そして日本で YOASOBI へとつながったのだろうというのが、私の仮説です。ちなみに Diplo のルーツに MIAMI BASS があるようですが (DJ ミックスを作ったりししています)。MIAMI BASS といえば 808 サウンド、808 サウンドといえば日本の楽器メーカー Roland なんですが、 日本が産んだ 808 が、MIAMI BASS → Diplo → M.I.A ときて BLACK PINK そして YOASOBI でまた日本へ戻ってくる。と、私の勝手な思い込みによる仮説なのですが、こういった因果を想像するのは楽しくないですか?

※2「ボカロ論壇」という言葉がフワッとしているのはひとまず勘弁してください。この辺の話はこの辺にさせてください。あとは煮たかったら煮てもいいし、焼きたかったら焼いてください。

※3 正直に申し上げると、ボカロ論壇周辺の議論は、そこまで追っていなくて、実は私も一時期いっちょかみもしていましたが、おそらく私に作った楽曲がお粗末だったせいか、だんだん相手にされなくなったので、いまではすっかりご無沙汰状態です。この辺の話はこの辺にさせてください。あとは煮たかったら煮てもいいし、焼きたかったら焼いてください。

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