西洋音楽史、ロマン主義の10回目です。
さて、シューベルト Franz Peter Schubert に始まったロマン主義ですが、19世紀中頃のドイツでは、リスト Liszt Ferenc やワーグナー Wilhelm Richard Wagner が革新的な傾向を開始します。前回のエントリーではリストを取り上げましたが、今回はワーグナーです。
1.生涯と業績
ワーグナーはライプツィヒに生まれました。ヨーロッパ各地を転々とした後、バイエルン国王ルートヴィヒ2世 Ludwig II. の庇護を受け、晩年にはバイロイトに自分の作品専用の祝典劇場 Bayreuther Festspielhaus を建設しました。
ワーグナーの作品のほとんどは「楽劇」Musik Drama と呼ばれるオペラの1つです。台本はすべて自分で書きました。
ワーグナーの影響はドイツだけにとどまらず、全ヨーロッパ中に広まりました。影響の範囲は音楽だけでなく、文学や政治などの分野にもわたり、時代的には20世紀にも及びました。
2.ドイツのロマン主義オペラ
ドイツのロマン主義オペラは、ヴェーバー Carl Maria Friedrich Ernst von Weber 《魔弾の射手》Der Freischütz などに優れた作品によって始まりましたが、
後続して優れた作品が生まれませんでした。
ドイツにおいてロマン主義オペラが際立ってくるのは、《ローエングリン》Lohengrin へ至る前期ワーグナーの作品からです。
しかし、ワーグナーは《ローエングリン》までの自分の作品に満足しませんでした。オペラをさらに次元の高い総合芸術へと昇華させようとしました。
なお、ワーグナー独特の音楽観・芸術思想は、『芸術と革命』『未来の芸術作品』『オペラとドラマ』などの著作で展開されています。
3.楽劇
ワーグナーによれば、芸術は人間全体の表現でなければなりません。このためには、様々な芸術分野が個別にあるのではなく、総合的に作品が作り上げられなければなりません。そして、こうした芸術への理念に則った根源的な芸術こそ、ワーグナーにとっては「楽劇」でした。
オペラには、イタリア・オペラを起源とする「番号オペラ」という伝統的な形式があります。
一連のレチタティーヴォやアリア、重唱、合唱などをひとつにまとめて小さな単位とし、それぞれがひとつの場面として完成するように作曲する方法です。この小単位には、それぞれ最初から番号がつけられ、それらがいくつも集まって全体が構成される。これが、番号オペラです。
ワーグナーは、この従来の番号オペラという作り方や、レチタティーヴォ recitativo とアリア Ariaといった区別を廃止します。自分の作品へ、一貫したドラマ性を与えようとしたのです。そして「無限旋律」と呼ばれる、音楽が一幕の間終止せずに、たえまなく発展し続ける書法を用いました。この書法による作品は、《ニーベルンゲンの指輪》Der Ring des Nibelungen 4部作の第1部《ラインの黄金》Das Rheingold 以降だと考えられています。
4.楽劇の特徴
楽劇の台本は、古代や中世の神話、伝説が題材です。その多くが、成就されない愛と魂のの救済をテーマにしています。
作品全体は、「示導動機」 と呼ばれる手法によって音楽的連関が形成されています。示導動機とは、特定の登場人物、重要な役割を果たす事物や観念などにそれぞれ一定の動機を割当て、ドラマの展開に沿って用いる手法です。
音楽理論的には、和音が半音階的に拡大され、調性の臨界にまで達しました。
編成は大規模な管弦楽です。重厚な音量だけでなく、楽器同士の複雑に絡み合い、精妙な響きを作り出しています。
【参考文献】
- 片桐功 他『はじめての音楽史 古代ギリシアの音楽から日本の現代音楽まで』
- 田村和紀夫『アナリーゼで解き明かす 新 名曲が語る音楽史 グレゴリオ聖歌からポピュラー音楽まで』
- 岡田暁生『西洋音楽史―「クラシック」の黄昏』
- 山根銀ニ『音楽の歴史』