古典派の音楽(1)概要

今回から古典派の西洋音楽を取り上げます。さて、前古典派でも少し述べましたが、古典派とは一体、どのような時期を指して古典派と称されるのでしょうか。

1.「古典」とは何か

前古典派と内容が重複しますが、そもそも「古典」とは何か、そのおおまかな意味を捉えることにしましょう。 続きを読む


FUJIROCK’10 (2)

8月2日、5時に越後湯沢を出て8時に東京に着き、
そのまま2時間寝て仕事で。
その日の夜は東横線が人身事故でいつもより帰宅時間が遅くなったりして、
何か疲れて今日、実家に帰らさせていただきますので、
8月1日の3年ぶりの天国のような出来事をゆっくり振り返ることも出来ない、
のですが、
忘れないうちにカンタンに、観たのだけ書いとく。

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FUJIROCK ’10

最後に行ったのは3年前で。
それから柚木ティナがRioに改名したり、みひろが引退したり、SOUL’d OUTのDiggy-MO’がソロデビューしたり、何でこんなことを書いているのかというと、3年前のFIELD OF HEAVENでこんなことを話していたのだけれど。

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前古典派の音楽(8)ザルツブルク, ウィーン

西洋音楽史、前古典派の8回目です。今回で前古典派の音楽を取り上げるのは最後になります。次回から、古典派の音楽を取り上げる予定です。今回は、当時のオーストリア、ザルツブルクとウィーンの音楽がテーマです。

1.ザルツブルク

ザルツブルクは当時、大司教が統治していました。宮廷楽団と、大聖堂などの教会があり、同時期の宮廷楽長にはエーベルリーン Johann Ernst Eberlin、宮廷オルガニストにはエーベルリーンの弟子であったアードゥルガッサー Anton Cajetan Adlgasser がいました。

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前古典派の音楽(7)マンハイム、ドレスデン、ベルリン

西洋音楽史、前古典派の7回目です。今回は、ドイツのマンハイム、ドレスデン、ベルリンにおける前古典派音楽の動向を取り上げます。

1.マンハイム

18世紀中頃、ファルツ選帝侯カール・テオドール Karl IV. Philipp Theodor が在任中のマンハイムには、ヨーロッパ各地から音楽の名手が集められたそうです。総勢50〜60人の宮廷楽団は、当時の最も優秀なオーケストラへと成長しました。 続きを読む



前古典派の音楽(5)パリ

西洋音楽史、前古典派の5回目です。前回のエントリーまでで、イタリアにおける前古典派音楽について取り上げましたが、今回はフランスはパリについて取り上げます。

1.コンセール・スピリテュエル

1715年、当時のフランス国王であったルイ14世 Louis XIV が亡くなりました。これを契機に、フランスの絶対王政が衰退へ向かいます。さらに啓蒙思想の普及が、やがて来るべき1789年のフランス革命の準備をしつつありました。 続きを読む


前古典派の音楽(4)ヴェネツィア、トリノ、ボローニャ

西洋音楽史、前古典派の4回目です。前回のエントリーまでで、イタリアにおける前古典派音楽、特にナポリミラノについて取り上げました。

前古典派の音楽(3)ミラノ
西洋音楽史、前古典派の3回目です。前回のエントリーでは、イタリアにおける前古典派の音楽、特にナポリ楽派を取り上げました。

今回も引き続きイタリアの音楽について取り上げます。舞台はヴェネツィア、トリノ、ボローニャです。

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