音楽の歌詞に込められた物語構造とはどういうことでしょうか?音楽は単なるリズムやメロディーの集合ではなく、歌詞を通じて物語を紡ぐ重要なメディアでもあります。今回紹介する学術論文は、歌詞がどのように物語のアーク(Arc of Narrative)を形成し、リスナーにどのような影響を与えるのかを詳細に分析しています。
研究の概要
論文の背景
カリフォルニア州立大学のMax AlberhaskyとPatrick K. Durkeeが執筆した論文「Songs tell a story: The Arc of Narrative for music」は、音楽の歌詞が持つ物語の構造を探求しています。この研究は、物語のアークが音楽の歌詞にも存在し、その構造がジャンルによって異なることを示しています。
研究の目的
この研究の目的は、歌詞がどの程度物語の構造を反映しているかを調べることです。具体的には、歌詞のテキスト分析を通じて、物語のアーク(背景の設定、プロットの進行、認知的緊張)がどのように現れるかを明らかにすることを目指しています。
物語のアークとは?
背景の設定(Staging)
物語の始めに登場する要素で、物語の舞台や登場人物、状況を紹介します。これは、物語の理解に必要なコンテキストを提供し、聴衆が物語の中に引き込まれる手助けをします。例えば、歌詞の中で「ある日、青い海辺で」というフレーズが背景の設定を示しています。
プロットの進行(Plot Progression)
物語がどのように展開していくかを示します。物語の中での出来事や行動、対話などが進行し、物語が次の展開に移る際に使われる要素です。これにより、物語が動的に進み、聴衆が物語の展開を追いかけやすくなります。例えば、「彼らは手をつないで歩き始めた」や「突然、嵐がやってきた」というフレーズがプロットの進行を示します。
認知的緊張(Cognitive Tension)
物語の中で登場人物が直面する問題や葛藤、意思決定のプロセスを示します。これにより、物語に緊張感やドラマ性が生まれ、聴衆の興味を引き続けることができます。通常、認知的緊張は物語の中盤でピークに達し、最終的に解決へ向かいます。例えば、「彼は迷い、どちらの道を選ぶべきか悩んだ」や「心の中で葛藤しながらも、決断を下した」というフレーズが認知的緊張を示します。
研究の方法
データセットの概要
研究では、二つの公的に利用可能なデータセットが使用されました。第一のデータセットは12,280曲、第二のデータセットは2,823曲の歌詞を含んでいます。これらのデータセットは、1957年から2020年にリリースされた楽曲から構成され、ジャンルも多岐にわたります。
テキスト分析の手法
歌詞を5つの等しい部分に分割し、それぞれの部分で背景の設定、プロットの進行、認知的緊張のレベルをテキスト分析ソフトウェアを用いて計測しました。これにより、歌詞が進行するにつれて物語のアークがどのように変化するかを調べました。
研究結果の詳細
物語のアークのパターン
背景の設定の変化
背景の設定は、曲の始めにピークを迎え、その後徐々に減少する傾向が見られました。これは、物語が進行するにつれて、リスナーが既に背景情報を把握しているため、新しい情報の提供が減少するためと考えられます。
プロットの進行の変化
プロットの進行は、曲の中盤でピークに達し、その後減少する傾向が見られました。これは、物語が最も盛り上がる部分が中盤に位置し、その後結末に向かって収束するためです。
認知的緊張の変化
認知的緊張は、曲の始めに高く、中盤でピークに達し、終わりに向かって減少する傾向が見られました。これは、物語が進行するにつれて問題が解決され、緊張が和らぐためです。
ジャンルごとの違い
ラップ
ラップは背景の設定が他のジャンルよりも多く、プロットの進行と認知的緊張が少ない傾向がありました。これは、ラップが詳細な状況描写を重視し、物語の進行や内的葛藤をあまり描かないためと考えられます。
ロック
ロックは背景の設定が多く、最後のセグメントでプロットの進行と認知的緊張が大きく減少する傾向がありました。これは、ロックが問題解決を重視するため、曲の終わりに向かって緊張が解消されるためです。
カントリー
カントリーは背景の設定が非常に多く、詳細な物語を描く傾向がありました。これは、カントリーミュージックが具体的なストーリーテリングを重視するためです。
ポップ
ポップはプロットの進行が速く、認知的緊張が高い傾向がありました。これは、ポップが短時間でドラマチックな展開を描くためです。
結論と応用
研究の意義
この研究は、音楽の歌詞が物語のアークを持つことを示し、ジャンルごとに異なる物語が語られることを明らかにしました。これにより、音楽業界や学術的な研究に対して、音楽の物語性の理解を深めるための新たな視点を提供しています。
実務への応用
音楽プロデューサーやアーティストは、この研究結果を活用して、新しい曲やアルバムの制作に役立てることができます。例えば、カントリーアーティストは自身の作品をジャンル全体と比較し、その物語構造を最適化することができます。
さらなる研究の方向性
今後の研究では、物語のアークが楽曲の人気に与える影響についても調査することが期待されます。例えば、物語の構造が典型的なパターンから外れる曲がどの程度人気を博すかを調べることができます。
このように、音楽の歌詞には物語の構造が隠されており、それがリスナーに与える影響やジャンルごとの違いが明らかにされています。今回紹介した研究は、音楽の新たな一面を理解するための貴重な知見を提供しています。音楽を楽しむ際に、その歌詞に込められた物語のアークにも注目してみると、より深い感動を得られるかもしれません。