近世の音楽思想 (5)ルソー、和声、模倣

音楽の哲学史シリーズの「近世の音楽思想」。今回はジャン=ジャック・ルソー Jean-Jacques Rousseau の音楽に対する見解と、彼の思想が当時の音楽界に与えた影響について詳しく見ていきます。前回は、近世における音楽思想として、デカルトやライプニッツの思想、そして音楽における模倣と表現の対立に焦点を当てました。今回は、ルソーの音楽へのアプローチと、彼が生涯を通じて追求した音楽の表現力と哲学について深掘りします。参考は Stanford Encyclopedia of Philosophy の「History of Western Philosophy of Music: Antiquity to 1800」の項目です。

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ルソーと音楽

ジャン=ジャック・ルソーは、音楽に関するその多岐にわたる著作で知られています。彼は音楽表記や理論から、音楽の価値や表現力などの哲学的な懸念まで、幅広いトピックに触れています。ルソーはまた、1752年に初演され、以降50年間で約400回も上演されるほどの成功を収めたオペラ『村の占い師』Le Devin du Villageの作者でもあります。

メロディの優位性

ルソーの音楽に対するアプローチの中心は、メロディの優位性にあります。彼は、音楽は聴き手に一つの際立ったメロディを提示し、他の声部はそれを補助し支持するべきだと主張しました。このメロディの統一からこそ、音楽は聴き手を動かす力を持ち、そこに音楽の真価があるとルソーは信じていました。

ルソーの音楽理論への挑戦

ルソーは、当時の主要な音楽理論家であったジャン=フィリップ・ラモー Jean-Philippe Rameau が擁護する音楽理論、そしてそれが正当化しようとしたフランス音楽の実践全体に対して、系統的な拒否の姿勢を示しました。特に「フランス音楽についての手紙(1753年)」では、イタリア音楽とフランス音楽の相対的な価値に関する論争、いわゆる「ブッフォンの争い」の中で、イタリア音楽の優位性を強く擁護しました。ルソーにとって、音楽の価値と表現力はメロディにあるとし、和声はそれを阻害するものと見做しました。

ラモーとの論争:倍音と短三度

ラモーとの間の音楽理論に関する論争は、倍音と短三度に関する議論でも知られています。ラモーは、和声は自然現象である上部偏音、すなわち倍音の系列に基づいていると主張しました。彼によれば、どの音が鳴らされた時にも、その音には聞こえにくいが数多くの倍音が含まれており、これらの倍音は和声の基礎を形成します。

しかし、ルソーはラモーのこの視点に異議を唱えました。特に、ルソーは短三度の問題を指摘しました。短三度は調性和声において非常に重要な役割を果たしますが、ラモーの主張する倍音列には自然に存在しないとルソーは指摘しました。この指摘は、和声理論が自然現象に完全に基づいているとするラモーの立場に疑問を投げかけるものでした。

ルソーのこの批判は、音楽理論だけでなく、音楽をどのように理解し、評価するかという哲学的な問題にも触れています。ラモーが数学的および物理的な概念を音楽理論に取り入れることで、音楽の本質を解明しようと試みたのに対し、ルソーは音楽の価値は聴取の経験に基づくべきだと主張しました。彼にとって、音楽は感情を表現し、聴き手に感動を与えることに最も価値があり、そのためにはメロディが中心になるべきだと考えました。

ラモーとルソーの間のこの論争は、音楽理論と音楽の価値に対する根本的なアプローチの違いを示しています。ルソーは、音楽の表現力と感情的な影響を最も重視し、ラモーは音楽の構造と理論的基礎を重んじました。この対立は、音楽に対する理解と評価の多様性を示し、音楽の哲学史において重要な議論となりました。

音楽と言語の起源

ルソーは、音楽と自然言語が共通の源から発展したという考えを展開しました。「言語の起源についてのエッセイ(1781年)」で、彼はこの思想をさらに掘り下げ、音楽と言語の両方が元々は感情を表現するための手段であったと主張しました。しかし、時間とともに、言語は複雑な思考を伝えるために進化し、その過程でその表現力を失ったとルソーは述べています。

音楽の模倣に関するルソーの見解

ルソーは、音楽の模倣が他の芸術形態とは異なると主張しました。音楽は人間の情熱や物体をその音の同等物を提示することによって模倣するのではなく、それらを見ることで生じる同じ感情を聴き手に喚起することによって模倣します。ルソーは、音楽が感情を模倣することによって、その表現力を持つと考えました。

まとめ: ルソーの音楽観

ルソーの音楽に関する思想は、メロディの優位性、音楽の表現力、そして音楽と言語の共通の起源といった彼の独特な視点を通して、近世の音楽思想に重要な影響を与えました。彼の音楽に対するアプローチは、音楽理論や哲学における新たな視野を開き、音楽が人々に与える感情的な影響の理解を深める助けとなりました。ルソーの音楽への貢献は、音楽の哲学史において、今日まで色褪せることなく残り続けています。

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