暴力的なフロウは, インストを支配する: Lick G「Trainspotting」の構造

Lick-G のアルバム『Trainspotting』を聴きました. 表題曲の「Trainspotting」(2016 年) が, ものスゴくカッコよかった. 以前, 最近のラッパーで人気あるよ, と紹介されて「Karasu」聴いたときはあまりピンとこなかったんですけどね.

何がどうカッコよかったのか.

目次

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優れたフロウとは何か

カッコいいラップって, 単純なインストゥルメンタルを, 複雑に聞こえさせてしまうような, そんなラップだと思う. トラックがそもそも, 分かりやすく変拍子だったりとか, (キックとスネアのタイミングが) ヨレてたりとかじゃなくて, つまり, 「ラップしにくいインストでラップする」ことではなくて. 割とぱっとインストだけ聴いたら単純なんだけど, ラップが入ることで, 複雑に聴こえてしまう, そんなのがカッコいいラップだと思う.

言い換えたら, インストをコントロールする. あるいは, 支配する.

ヒップホップのインストって, 基本的に, 大雑把に言えば, リズムは一定ですよね. ループしている. ループが大事. そのループの上で, それに合わせて, 喋る, ていうのがラップなんですけど, 優れたラップは, ループがループではないように聴こえさせてしまう.

インストに対するラップによる暴力と言ってしまってもいいかもしれません. そういうラップが,「フロウしている」ラップだと思う.

そんなラップはなかなかないけど, Lick-G「Trainspotting」は, そんな部類に入る. だから最高ってことです.

では, どう最高なのか. なぜ, Lick-G は,「Trainsptting」において, インストを支配できたのか.「Trainspotting」のフロウはどういう構造をしているのか.

こっから,「Trainspotting」の音楽的な構造のほんーの一部をみていくんですけど, その前に. 前置き長いっていう話ですけど, 一応, マナーというか, そういうところでお断りを書いておくと.

ヒップホップは文脈や歌詞が大事. でもね…

フリースタイルラップがどうのこうのみたいなのは, そういうヒップホップにおける文脈的な要素がお好きな界隈にお譲りします. ヒップホップでは, 確かに文脈が重要です. というのも, ヒップホップは文脈すら音楽で表現しようとするから. だから, 歌詞がすごく重要になる (この点については, また別の機会になんか書きます).

けど, 文脈とか, 歌詞とか (何文字韻を踏んだとかも含めて) にばかり目を奪われると, ラップミュージックのもつ, 豊かな音楽性に耳を傾ける機会が奪われてしまいます.

ラップミュージックは決して, 一定のルールのなかで競い合うコンペティションとかゲームとかそういうのに収まりません. コンペティションとかゲームすら音楽にしてしまう…, 音楽です.

ヒップホップは音楽なんです (この点についても, 別の機会になんか書きます).

あと, Lick-G のプロフィールとかもいいや, めんどくさいし (だから, ヒップホップの文脈的な側面を気にしなさすぎなお前は中途半端だ, ていう非難は甘んじて受け止めます). とにかくその辺はググって (笑)

お断りは済んだ. さっさと本題に移りましょう.

「Trainspotting」フックの構造

「Trainspotting」のフロウの構造を 1 つの観点から全て解き明かすことは不可能ではないのですが (たぶん), 全て言葉にしようとすると「めんどくさい」「とにかく聴いて!」となってしまいますので (ていうかもう半分なってる), 印象的な, 冒頭の部分のフロウを分析してみます.

「Trainspotting」は, フックから始まるんですが, そのフックのリズムせいで, そのフックの部分が, いわゆるハチロク系に聴こえてしまう方もいらっしゃるかもしれません. 正確には, 12/8 拍子っぽく. しかし, インストはシンセのフレーズのリズムを追えばわかるのですが, ハチロク系ではない. シンセの発音のタイミングの方も, 分かりやすくズレてはいない.

要するにラップが, いわゆる「2 拍 3 連」のリズムになっているので, そして, ハイハットの刻みが 32 分だったりしてつかみにくくかつスネアが基本的に 1 小節に 1 回 (3 拍目) だけっていう遊びやすいインストなので, ハチロク系でリズムを取りやすい.

よくある表記で書けば,「タタ・タタ」っていう.

でも, こういう感じですらちょっとリズムをとりにくい.

なぜか.

音程 (的 (あくまで. アクセントと言ってもいい)) に言えば, このフックの部分は「・弱・弱」の塊になっているんですが, この塊が, ちょっとずつズレてるからです (と, 言うしかない. 言いたくなる).

もっと具体的にみましょう. わたしの表作成能力に限界がありますので, 若干の不正確な部分がありますが, フックの冒頭の 2 小節をフロウ・ダイヤグラムにしてみました.

まず, 「周りの視線」の「ま」が, 1 拍速くシンコペーションしています (ですので, 上のダイヤグラムには「ま」を入れていません). ですが, 次の「他人の意見」の「た」は, 3 拍目の頭になっています. 1 つ目の塊が,「弱・・弱・弱・・弱・弱」であるのに対して, 2 つ目の塊が「・弱・弱・・弱」というふうに, 同じように聴こえて実はちょっと違うような, そういうズレを起こしているわけです (また, 日本語本来の発音のアクセントと, ラップ上のアクセントのズレも聴きどころです).

しかし, ここまでは割とリズムをとりやすいのですが, 次の「フルシカト」がとりにくい.

この「フルシカト」の部分は, 上のダイヤグラムでは正確に表せていませんが, 1 小節を 16 に分割したときの 2 拍目, 8 分割したときの「裏」が「フルシカト」の「フ」で, そこから 3 連符でラップしています. 8 分割したときの裏は,「周りの視線」「他人の意見」のとこでカウントしていた 3 連符のリズムには現れません.

さらに, 次の「I stick to the vision」は, 「stick」が小節の 3 拍目の表拍ですので,「I」は 1/16 だけ短い 2 拍 3 連の最後の 1 拍ということになります.

このようなフロウ, 一定の単純なリズムのループであるインストに対して, 単純なリズムだけどちょっとずつタイミングにズレを生じさせる (そしてこの「ズレ」も, どこかのタイミングにちゃんとグリッドしている) フロウが, リスナーに対して歪んでいるような印象を与えている.

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こうした, ラップの発話のタイミングを微妙かつジャストにズレさせる 3 連のフックに続く, ヴァースが, 基本はしっかり 4 で刻めるラップになっているので, リスナーはさらに歪みを感じてしまう.

そこで, 実はインストが 4 の倍数のループになっていないのではないかと数えてみると, いや, 4 拍で刻めるらしい. じゃあラップはどうだ, と数えていると, 上述の構造のために何故かズレてくる, ではもう 1 回インストに注意して聴いてみよう…

というふうに, 「Trainspotting」を聴いていると, ちょっとしたリズムの仕掛けのあるフロウが, インストの印象まで変えてしまう.

フロウが, 5 以上の奇数拍なのか, 5 とか 7 とか 11 とか 13 で割られているのか, みたいなのではない. あくまで要素に分解すると, 2 拍子系と 3 拍子系なんだけど, だけど, もう繰り返しになりますが, その組み合わせがクレイジーなせいで, インストの聴覚上の構造を歪めてしまう.

言い換えると, インストを支配する. ラップという暴力で.

Lick-G「Trainspotting」のフロウは, 単純な武器で暴力をふるうことでトラックを支配している. だからカッコいい. 最高なんです.

本当は 1 曲丸々こうやって分析していけば, 面白い発見がたくさんあるに違いないのですが, このフックの部分のフロウの分析だけでも, 「Trainspotting」がかなり最高なラップだということが分かります.

「Trainspotting」の音程的特徴

なお, 音程的には, 基本は強弱アクセント型で, 日本語のアクセントを無理やり英語っぽくしている. 日本語らしい高低アクセントは, キメるとこだけ, みたいな. まあ, こういう日本語を無理やり強弱アクセントへ押し込める, ていうのが, 日本語ラップのお手本になっているところがあるから仕方ないけど, もっとアクセントの面でも, 日本語らしいとこを追求してほしい, ていうのはありますね.

これは「Trainspotting」に限らず, Lick-G のフロウ全般にだいたい当てはまる特徴ではないでしょうか.

けっきょく言いたいのは, Lick-G カッコいいよね, ていう

長々とだらだらと書いて, 文意が伝わったかどうか分かりませんし, そもそもわたしのリスニング能力の問題でここに書いてあることがまったくのデタラメかもしれません (間違いの指摘は甘んじて受け止めます).

けど最後にこれだけは言わせてください. Lick-G, カッコいいです!!!!!


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コメント

  1. M より:

    あまりにも素晴らしい分析・音楽評なので、フェイスブックで紹介させていただきました。これからもラップなどの批評を期待しております。

    • Xtra Peace より:

      お読みいただき & シェアいただきありがとうございます. ラップはまだまだ語りがいのある音楽だと思います. 素敵なラップがあったらまた分析してみたいと思います!