行動経済学、あるいは消費者心理学、どちらでもいいんですけれども、慣れ親しんだものを人は好きになるという法則がありますよね。言い換えれば、何度も何度も繰り返し経験したものと似ているものを、人は好きになる。これは多角的な視点から論じられる人間の特徴で、単純接触効果という視点から、あるいは現状維持バイアイス、あるいは損失回避性といった視点から論じられる人間の特徴です。
だから、何か新しい技術であるとか、音楽だったり技術だったりにおける新しいジャンルだったりにおいて、全く新しいものというのはなかなか受け入れられなくて、新しいんだけど、どこかに古い要素というか、多くの人が慣れ親しんでいる要素を残していると、それがヒットの要素になるんですね。
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ヒットに関する誤解
もちろん、誤解してはいけないのは、人と言うのは最終的には予測不可能で、何がヒットするかは分からない。だから、これがヒットしました、というヒットしたものに共通する分析はできるんですけど、では、その分析をもとにして出来上がったものが必ずヒットするかと言うと、そういうわけではない。やっぱり、マーケティング、広告の力っていうのは大きいんですね。それから偶然ですよね。偶然、影響力のある人にフックアップされるかどうか。確率と言ってもいいと思いますけど。むしろ確率の方が正確かもしれませんが。この辺が大きいと思います。
音楽においてパクリを避けるにはどうすればいいのか
では、例えば音楽でヒットするためには、なるべく多くの人が慣れ親しんだ要素をたくさん詰め込んだ作品を作る必要があるわけです。しかしそれをやりすぎると、パクリとか盗作になっちゃいますよね。
では音楽において、パクリ・盗作にならないように、慣れ親しんでいる要素を音楽に残しつつ、しかし新しい何かを生み出すためにはどうすればいいのか。ここでは J-POP に限定しますけど、歌のメロディーの、リズムの要素を変えずに、抑揚の要素だけを変えていけばいいわけです。歌のメロディーにおいて、抑揚をほとんど変えずに、リズムを変えただけでは、「ややアレンジして歌った」くらいの印象しかない変化にしかなりません。しかし、歌のメロディーのリズムはほとんど同じなのに、メロディーの抑揚を変えると、それは全然別の楽曲として認識されたりします。理由は分かりませんが、現象としては理解できて、ポピュラー音楽において、要するにポップスとかロックとか、ダンスミュージックとかにおいて、歌メロがパクられているとか、イントロがパクられているとか、ギターのリフがパクられてるとか、そういういちゃもんは耳にすることがありますけど、エイトビートがパクられているとか、4 つ打ちがパクられてるなんてことは言いませんよね。どういう理由かは分かりませんけど。また、これで以って、音楽における本質的な要素は抑揚だと言いたいわけではありませんが。ただ現象として、リズムがパクリだと言うのはあんまり言われないということです。
真似するべきは「歌メロ・リズム」
ということは、ヒットする要素を持っている楽曲を作るためには、そして、それがパクリだと思われないためには、ヒットしている楽曲の歌メロのリズム = 歌メロ・リズム (譜割りと言ってもいいですが、あくまで、「歌におけるリズム的要素」の意味合いを強調させたいので、「歌メロ・リズム」という言葉を使わせてもらいます) を真似すればいいわけです。ただし、1 曲のヒット曲の歌メロ・リズムを真似するのではなくて、たくさんのヒット曲を聞いてそのたくさんのヒット曲から聞き取ることのできる歌メロ・リズムのいくつかのパターン、これを真似していけばいいわけですね。
J-POP に見られる「歌メロ・リズム」のパターン
ではそういういくつかのパターンが、本当にあるのかと言うと、それはあるように思える。あるように思えると言いたい。厳密に統計的な解析をしたわけではないので、確信を持って言えるわけでありませんが、あるのではないかと、仮説程度には言えると思っています。非常に奥歯にものが挟まったような言い方で恐縮ですが。
たとえばどういうパターンがあるかというと、本来だったら楽譜で表した方がすっきりするのですが、記事作成にかかる時間の都合上、文字でリズムを表しますが、「たーた・たーた・たーた・たーた」リズムですね。長音・短音の 1 回ずつの繰り返しと言ってもいいかもしれません。長音の長さは、けっこう任意です。たとえばヒット曲だと、平井堅「瞳をとじて」とかサザン・オール・スターズ「TSUNAMI」、H Jungle with T「Wow War Tonight」、最近のヒット曲だとあいみょん「マリーゴールド」のサビの出だし、あるいは髭男「Predenter」のサビの後半。それから、なんと言っても米津玄師「Lemon」。「Lemon」は、多くのヒット曲が「たーた・たーた・たーた・たーた」と、長音→短音の順番であるのに対し、「かなー・しみー・さえ」と、短音→長音の順番にすることで、「たーた・たーた・たーた・たーた」という慣れ親しんだ=人が好みやすい歌メロ・リズムであると同時に、しかしあまり聴いたことのない歌メロ・リズムでもある、という親しみやすさと新しさを同時に達成してるんですね。多くの人に受け入れられるはずです。それから、J-POP というにはややオルタナティブですが、SHISHAMO の代表曲「明日も」も「たーた・たーた・たーた・たーた」の歌メロ・リズムですね(「いーい・こーと・ばーか・りーじゃ・なーい・かーら・さー」)。
ミスチル・リズム
「たーた・たーた・たーた・たーた」のリズム以外にも、ヒット曲に見られるリズムというのがあって、それは「ミスチル・ズム」です(「ミスチル割り」とも言われています)。4 拍子系の楽曲で、符点有りが2回に、符点無し1回を繰り返す様にリズム的分割をする、1.5 + 1.5 + 1 = 4 になるようなリズムで、「たーた・たーた・たーた・たーた」みたいに、ちょっと文字では表現しにくい。「innocent world」のサビが有名ですね。それから「Tomorrow never knows」のサビの出だし。「名もなき詩」はサビがアウフタクト的に始まるんですけど、このアウフタクト部分はミスチル・リズムで、アウフタクトの次の部分は 2 倍にしたミスチル・リズムですね。
ではこのミスチルリズムは、ミスチルに独特なのかと言うと、そういうわけではなくて、メガヒット曲にしばしば登場する歌メロ・リズムです。と言っても私が知っているのは 3 曲だけなんですけどね、J-POP で。もっと使えばもっとみんな売れると思うんですけど。その 3 曲が小田和正「ラブストーリーは突然に」と、槇原敬之「世界に1つだけの花」です。もう 1 曲は、槇原や小田和正に比べたらメガヒットの「メガ」感が弱いですが、BoA 最大のヒット曲「VALENTI」。それから、一般的な J-POP の大ヒット曲とは違いますが、KOHH の人気曲「F**k Swag」もミスチル・リズムですね。KOHH のラップはかなり J-POP 的なリズムなので、そこがヒップホップファンの枠を超えて広く楽曲が受け入れられた理由だと思います。
なぜ「たーた・たーた・たーた・たーた」のリズムやミスチル・リズムが受け入れられているのかと言うのは、もう少し掘り下げて、「わらべうたと童謡の違い」といった観点から、あるいは、「日本語のリズム」という観点から、論じることができると思いますが、この点については別の機会に。
J-POPにおいて変わるもの・変わらないもの
さて、このように、J-POP においてヒットする楽曲には、共通の歌メロ・リズムというものがある、と、かなり有力な仮説を立てることができる、と私は考えています。かなり奥歯にモノの挟まったような言い方ですが。このいくつかある歌メロ・リズムの法則は、90年代J-Pop黄金期にも当てはまるし、かなり最近の J-POP にも当てはまります。小室やサザンに当てはまる一方で、「Lemon」にも当てはまるし、あいみょんにも、髭男にも当てはまります。以前、本ブログの「平成の音楽史」において、変わるものと変わらないものがあると書きましたが、
代わるものはアレンジです。一方で、変わらないものとはこの歌メロ・リズムなのです。J-Popのヒット曲には、いくつかの歌メロリズムパターンがある、それは 90 年代から10 年代の後半まで幅広くみられて、アレンジこそ進化はしているけど、歌には変わらないコアのような部分がある。このことは…、2020年のヒット曲、瑛人「香水」にも当てはまります。
香水の歌メロ・リズム
「香水」は「たーた・たーた・たーた・たーた」リズムでもミスチル・リズムでもありません。ただ、どちらかと言えば「たーた・たーた」リズムで、「たーた・たーた」リズムの応用形だと言えます。「たーた・たーた」リズムが「長音→短音」で構成されているのに対して、「香水」は、「たーたた・たーたた」というふうに、「長音→短音→短音」と、短音が 2 回になります。この長音1回に対して短音2回の「たーたた・たーたた」でパッと思いつくのは、ポルノグラフィティ「ミュージック・アワー」ですね。サザンや小室級のメガヒット曲となると、BBクィーンズ「踊るポンポコリン」が「たーたた・たーたた」リズムです。さらに、「長音→短音→短音」の順番ではなく、「短音→短音→長音」の順番にすれば J-POP の枠組みを超えてアナ雪の主題歌「Let It Go」になります。さらにさらにもっともっと、J-POP のヒットとか、世界的ヒット映画の主題歌とか、そういう枠組みではなく、歴史的な名作にまで視点を広げれば、パッヘルベルのカノンが「たーたた・たーたた」のリズムですよね。パッハベルのカノンは作曲された年が不明ですが、大体、1680年から1706年に作曲されたと言われていて、ただ、そうですね、再発見されて出版されたのが 1919 年ということで、大げさでオカルティックなことを言えば、300年以上前から、あるいは再出版から考えれば100年も前から、私たちは「香水」の歌メロ・リズムをずっと刷り込まれてきているんですよね。
パッハベルのカノンは少し大げさですけど、少なくとも多くの日本人はこの30年間、踊るポンポコリンを聴き続けていたわけで、踊るポンポコリンの歌メロリズムが体に染み付いていると思うんですよね。踊るポンポコリンの歌メロリズムを、私たちは慣れ親しんでいるわけです。その「踊るポンポコリン」と同じ歌メロリズムの「香水」は、誰か有名なインフルエンサーにフックアップされればヒットしないわけがありません。
音楽評論家の柴那典が tiktok とか失恋ソングとかに絡めて「香水」ヒットの理由を分析(?)しているようですが、
そういう音楽外のところ、そこのヒットの理由も外せないかもしれませんが (彼は以前、といってももう 5 年ほども前なんですが、楽曲そのものの持つ魅力という視点からヒット曲を、AKB を論じようとして、100 曲聴いた結果、AKB の魅力はアウフタクトにある、と結論付けたという過去があり、私はその記事 (続・音楽の快楽をどう語るか ― AKB48の100曲とアウフタクトの話) を読んでズッコケてしまい、それ以来アウフタクトおじさんと呼んでいます。ちなみに、その記事の中でアウフタクトおじさんは、雑誌にの掲載された自身の発言を引用する形で「先日の「リクエストアワーセットリストベスト100」では、選ばれた100曲のうち45曲が『ヘビーローテーション』と同じ、サビ1拍目に向かって駆け上がるメロディーの構造を持つ曲でした。逆にサビの1拍目に向かってメロディーが降りてくる数少ない曲のうちの一つが『上からマリコ』なのも興味深い。どちらにしろ、AKB48の楽曲は、メロディーの動き方で楽曲のノリ方を規定しているんです。つまり、ロックやファンクやR&Bではバックビートと言われる「2拍・4拍」を意識するとノリやすいけれど、AKB48の楽曲は1拍目を強烈に意識させる」と述べているのですが、AKB の楽曲は従来のロックやファンクとは違うんだぞ! と、AKB がさもポピュラー音楽史上の大事件的に論じているんですが、ファンクや R&B はよく知りませんが、ロックに関しては、「Rock Around The Clock」から Chuck Berry、そして Nirvana も OASIS までも有名なのは「アフタクト」使ってますやん… 使ってますやん…. アウフタクトおじさん… そういうところなんですよ… 5 年も前の記事に言っても仕方ないけど。もう少しこの話を続けると、どうもアウフタクトおじさんはその後、方向性を変えて、先の記事で宇野常寛が「単純に環境分析とは異なる旧来の手法で、アイドルやボカロやV系の快楽の体験を総合的に説明することができるとはちょっと僕には思えない」と突っ込んだ、その「環境分析」も含めた、ヒットの分析(?) をしているようですよね。音楽理論、難しいですからね…)、そうではなく、J-POP ヒット曲になるべく純粋に耳を傾けようと努力したら…、「香水」がヒットした最も重要な要因は、やはり歌メロ・リズムにあると思います。「踊るポンポコリン」ヒットの 30 年前から、パッハベルのカノン 作曲 (されたとされる時期のうち最も早い 1680 年から数えて) の 340 年前から、瑛人「香水」のヒットは約束されていたのです。
ちなみに柴那典は、大手レコード会社に所属せずサブスク配信のみでヒットしたことを「異例」としていますが、アマチュアが楽曲を発表する場としてサブスク配信は現代、ごく普通のことです。私ですら配信してますからね。
それから Lil 農家、こちらの方もよろしくお願いいたします。